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2006/03/26

秋田湾開発を振り返って

2月定例県議会は12月と同様、南ヶ丘の問題などがクローズアップされました。今回は県側が柔軟な態度に転じたことから、議員側が一連の問題について追及をいくらか緩めた面もあります。結果、波乱のない定例会と思われた方もいらっしゃるようですが、実は「第2工業用水道事業費の償還」という重要な懸案についての議論も行われました。

第2工業用水道事業とは、大王製紙が進出を予定していた造成地(秋田市飯島地区)まで工業用水を引くためのものです。水道管の建設は途中で取り止めとなっていますが、利息分を含めこれまでに106億円が投じられました。この借入金と玉川ダム建設費の借金の合計額123億円を今回、県は一括して一般財源から返す考えを明らかにしています。

事業における金銭面の問題はこれで一応の幕引きとなるものの、そこに至った経緯を振り返って見た時、さまざまな反省点が浮かび上がってくるのも事実です。

■秋田湾開発の夢

県民の皆さんもご承知のように、秋田湾の開発計画は今から40年も前に遡ります。しかし、小畑氏-佐々木氏-寺田氏という歴代知事が県政運営に関わった間、実に500億円もの血税が投じられていることはあまり知られていません。

秋田湾開発のもともとの出発点は、国から新産業指定都市の指定を受けたことにあります。当時の県が「これで農業県から工業県に脱却できる」と考えたのは無理からぬことです。そこで県は、昭和46年の第3次秋田県総合計画において、秋田湾地区に鉄鋼・石油化学などを主体とする大型工業基地の建設を打ち出しました。さらに同47年には開発局を設け、その翌年に鉄鋼コンビナートを構想。製鉄工場に必要不可欠な水、それも膨大な量を確保しようと玉川ダムの建設に着手します。

しかし、その直後に日本を襲ったのがオイル・ショックでした。これによって高度成長を続けていた我が国の経済は急減速し、当時の日本の製造業を牽引していた鉄鋼業界も需要が大きく落ち込みます。ところが県当局は、秋田湾の開発計画を見直すことはありませんでした。経済情勢が大きく様変わりしているのにもかかわらず、大手製鉄工場の進出に期待し、ダム建設と港湾の埋め立てを進めてきたのです。

当然、県当局の思惑は外れて鉄鋼コンビナート計画は断念に至ります。そして、先に完成してしまった玉川ダムの水を活用するため、大王製紙の誘致が具体的にスタートしたのは平成元年のことでした。ただし、これも県・市・大王製紙の間で進出協定が結ばれながら、経済情勢などを理由とする企業側の事情で延期が重なります。そして、15年も引っ張った挙句に取り止めとなりました。

■失われた40年

バブル崩壊後の日本経済を指して、「失われた10年」という言葉がよく使われます。これになぞらえれば、秋田湾開発は県政にとって「失われた40年」に相当します。長い時間と莫大なお金をかけてすべては夢で終わり、残ったのは玉川ダムに蓄えられた大量の水、広大な造成地、途中で放り出されたままの工業用水道管、そして莫大な借金だけだったのです。

何故、こんなことになってしまったのでしょうか。そして、どこかで立ち止まって軌道修正することはできなかったのでしょうか。

いえ、見直しの機会はいくらでもあったはずです。にもかかわらず、誰もそれをしなかった。「自分たちは間違うはずがない。間違ったとしても責任を取る必要はない」。そんな思いが県当局になかったと言い切れるでしょうか。私は、行政組織にありがちな官僚的無責任体質が判断を遅らせ、事態を泥沼化させる大きな背景のひとつであったと考えます。

本来であれば、こんな時にこそ議会の果たすべき役割は大きいはずです。間違った政策の修正を堂々と迫り、正しい方向に導くことが私たち議員の使命なのです。ところが議会というのは不思議な場所で、議場で当局に「疑問」をぶつける議員は即「厄介な反対者」と見られる傾向があります。それ故、黙っていることがその議員にとってプラスとなる場合もあるわけです。

確かに「物分りの良い議員」と思われたほうが、当人も精神的に楽なのかもしれません。しかし、それでは議会が持つチェック機能も満足に果たせないと私は思います。敢えて苦言を呈することがいずれ郷土の発展につながると信じているからこそ、うるさがられても異論を唱えて頑張る地方議員たちがいるのです。

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2006/03/17

2月定例県議会の焦点

12月定例県議会であれほど議論された南ヶ丘ニュータウン関連の補正予算でしたが、今回は43対1の賛成多数ですんなり通過しました。このことについて「何故?」と思われた県民の方も多いようです。しかし、その理由は単純かつ明快であります。

まず、県議会の大多数が賛成に転じた最大の要因は、県側の姿勢が柔軟になったことです。今回は県営住宅事業部分の予算だけに絞り、各種学校の移転を構想している子ども総合エリアの用地を取得するための予算は提出しませんでした。そして、このエリアの計画そのもののあり方についても、専門家を含む調査検討委員会でもう少し時間をかけて見直すことを表明しています。

また、南ヶ丘については道路の問題もありました。県では南ヶ丘へのアクセスを改善するため、上北手の市道・荒巻線に通じる1500メートルの道路を建設する計画でしたが、これを手前にある猿田小山田線までの505メートルとし、経費も10億円以内に留める考えを示しています。実は南ヶ丘と上北手側との土地の高低差は相当あり、しかも地盤が軟弱であることが分かっています。このため「20億から50億円かかるのではないか」と見られていた建設費の圧縮を図った努力も、県議会に評価されたという訳です。

いずれにしても、県営住宅や子ども総合エリア、道路などの用地取得・建設で南ヶ丘ニュータウンには最終的に120億円が投じられる見通しとなっています。12月定例会では野党の議員のみならず、私たち与党議員からも予算の執行を厳しくチェックされたことで、県は大幅に計画を見直す方向に転じたことは間違いありません。

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2006/03/10

反省なき第3セクター運営

地方自治法の百条に基づき、第3セクター「秋田空港ターミナルビル株式会社」の不透明な経営実態を解明するために設置された特別委員会でしたが、鳴り物入りで調査が始まったわりには、さほど大きな成果を上げたとは言えないようです。限られた時間とさまざまな制限の中での取り組みなので、いくら強制力を伴う百条委員会であっても全ての疑惑を解き明かすのは難しいのです。

それでも、同社幹部がレベルの低い公私混同を繰り返し、「よくもまあ、これほど会社を食い物にできたものだ」と呆れるような事例はいくつも発見することができました。

今、私の手元の資料に交際費一覧表があります。これは平成15年7月23日から平成16年4月21日まで、山本正前社長(既に辞任)が使った飲食代を記録した空港ターミナルビルの内部文書です。いかに仕事上の付き合いが多かったにしても、記録された9ヵ月間に会社のトップが連日連夜、しかも自分のお金を一切使わず深夜まで飲み食いしている姿はあまりに異様です。

これら接待は1次会では終わらず、相手を引き連れて2次会3次会へと流れ、時には山本前社長が最後に1人で立ち寄ったと思われるスナックの支払い記録まであります。接待場所として選ばれた店の多くは、この秋田で高級店として知られるレストラン・料亭・クラブなどでした。その上、接待相手を記した欄には寺田典城知事やその秘書、あるいは空港業務と密接なつながりのある交通政策課の職員、そして空港ターミナルビルに出入りする業者らといった面々がずらりと並びます。

■呆れた公私混同

一部マスコミが報じたのでご存知の方も多いと思いますが、山本前社長の私的な「誕生祝い」はその呆れた実態の典型といえるでしょう。平成16年2月18日夜、秋田市内の高級ステーキハウスに山本社長、寺田知事、その秘書ら5人が集まり、7万9800円分を飲み食いして空港ターミナルビルがその支払いを肩代わりしております。さらに彼らは引き続き市内の高級クラブを2店訪れ、その請求をすべて同社にツケ回したのです。

なぜ、社長の個人的な誕生会の費用を会社が負担しなければならないのでしょうか。なぜ、そこに知事と側近の秘書が呼ばれるのでしょうか。なぜ、招待を受けた側は過剰な接待に疑問を抱かなかったのでしょうか。同社の問題を追及する過程で山本前社長のワンマンぶりも指摘されていますが、目に余るこの暴走は彼ひとりの所業で済ませられるものではありません。

例えば、同社の役員でありながら接待を受けていた寺田知事の責任はどうでしょうか。道義的な問題ももちろんですが、選挙で選ばれた人間にとって奢り奢られの関係は公職選挙法に抵触しかねない行為なのです。「知らなかった」「それでは友人と気軽に飲みむこともできない」では済みません。事実、私たち議員はそうした面で誤解を招かないよう細心の注意を払っているのです。

一部報道は、空港ターミナルビルの乱脈ぶりが内部告発で明るみになるや否や寺田知事が同社に乗り込み、全社員を集めて「この会社は誰のためにあるのか。社長に逆らうのなら辞めろ」など、解釈の仕方によっては恫喝と受け止められかねない訓示をしたと伝えています。さらに、寺田知事は「フライトインジケーター」の購入を巡る疑惑で、すぐさま担当者A部長を告発する姿勢を示しました。証拠らしい証拠もないまま秋田県警に捜査を依頼するなど、この問題について慎重さを欠く発言や働き掛けを繰り返したのは不思議です。

空港ターミナルビルの接待を受けた側である寺田知事のこの慌てようを見て、多くの県民がどう感じたのか。私が耳にした多くの声をここで改めて紹介するまでもないと思います。

■権力闘争の果てに

一昨年の夏頃、私はある飲食店で偶然、作務衣(さむえ)を着た長髪の男性とカウンターで隣り合わせになりました。この男性は私のことを多少は知っていたようで、いきなり「アンタ、県議会議員かい?まだ若いんだろう?何期目かね?」と矢継ぎ早に質問をしてきました。後で知ったのですが、市内の歓楽街をよく飲み歩いていたというこの人物こそ、空港ターミナルビルの抱えるもう一つの問題「フライトインジケーター」の購入に大きく関わった民間側の中心人物B氏でした。

私はこのB氏と特別委員会で再び顔を合わせました。その時、彼はある委員の質問にこう答えています。「私の会社が4250万円で購入したインジケーターを7350万円で売ったのは事実です。しかし、それが何の罪になるのですか。儲けて何が悪いのですか」。一部委員の方がこのB氏の態度を不遜と感じて憤慨する場面もありましたが、私は初めて出会った時に感じた彼の「したたかさ」を改めて思い起こしました。

もちろん、売買によって収益を上げること自体は悪事ではありません。ただ、そのために何をしたのかが問題なのです。例えば、インジケーターの納入に関わったB氏の会社では一時期、A部長の夫人が役員を務めるなど、両者の間には密接で不可解なつながりがあります。特別委員会も空港ターミナルビルのA部長が業者のB氏に何らかの便宜を図ったと見て質問を重ねましたが、多くの疑惑が解明に至らなかったのは非常に残念なことです。

結局、この特別委員会を通じてハッキリした腐敗の背景のひとつは、A部長が社内的地位を利用して自由気ままに振る舞っていたこと、そして途中から入ってきた山本前社長が会社の権限を掌握しようとしたことでした。この両者の争いは最終的に「暴露合戦」となり、県民の間にもこの2人が「第3セクターを食い物にした悪者なのだ」という見方をされる意見が少なくないように思います。

しかし、この争いの中で寺田知事や県職員らが山本前社長の接待を受けていたのは紛れもない事実です。また、単なる権力闘争では「過剰接待」の説明もつきませんし、この接待の席にある業者が加わって「空港に立体駐車場を建設する話をどんどん進めていた」という内部告発もあるようです。そして、これらの疑惑も事実であるとすれば事態は非常に深刻です。特別委員会の追及の手が及ばなかったこの問題の根は、多くの県民が考えている以上に深いのかもしれません。

■秋住、食糧費の反省はどこに?

さて、今から15年前のことになりますが、皆さんは第3セクター「秋住」のことを覚えているでしょうか。当時、県議1年生だった私はこの問題に全力を注いで取り組み、2年をかけてその全容を解明いたしました。以来、私は県内にあるさまざまな第3セクターを監視し、抱える問題に注目してきたつもりです。しかし、当時と比べて第3セクターはどれほど健全になっているのでしょう。今回の問題にしても結局は、第3セクター特有の悪しき面が出ていることは疑いようがありません。

特別委員会は、空港ターミナルビルの調査報告の最後に「知事の責任は誠に重大である」という厳しい文言を添えました。空港ビルのトップである寺田知事が部下を連れ、同社のツケで飲んだからには当然です。かつて秋田県全体を揺るがした食糧費問題の解明に取り組み、改革を掲げる寺田県政の実現を願って奔走した一人として今、私の胸の内は様々な思いが交錯しています。

この問題は寺田知事自身にとって大きなダメージであるばかりでなく、秋田の閉塞感や閉鎖性、あるいは馴れ合いで物事を進めるというマイナス・イメージを県内外に植え付ける重大な事件であったと私は思います。そして経済的停滞の続く秋田の再生に真剣に取り組まなければならないという時、寺田知事の指導力が低下しつつあることを与党議員としてとても心配しております。

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2006/03/04

永田議員のメール問題その後

2月24日の朝日新聞全国版・社会面に、永田寿康議員のメール問題に対する私の見解が掲載されました。

「民主党は自爆してしまった」「功名争いやパフォーマンスじみた行動で、国会議員の軽さを国民に見せつけてしまった」と指摘し、前原誠司民主党代表については「政局にするつもりで質問を許し、重大な責任がある」とコメントさせて頂いたところ、多くの皆さんからご意見を賜りました。

この中でもっとも多かったのは、「永田議員は辞職すべきである」というものです。また、「前原代表も責任を負うべきである」とするご意見も多数ございました。確かに、永田議員の記者会見を報じた新聞・テレビの論調も厳しいものですし、さらには私の知る多くの市民の方々も同様に「陳謝、党員停止処分で済むレベルの問題なのか」という疑問をストレートにぶつけてきます。

国民の多くはおそらく、「民主党執行部の判断は非常に甘く、間違っている」と感じているのでしょう。

自民党は当初、永田議員を泳がせることによって民主党の弱みを握って黙らせ、4点セットを抱えた今国会を乗り切る算段であったように思われます。また、一部には永田議員の除名処分を求める声も根強くあるといいます。しかし、これは有権者によって選ばれた「国会議員の身分」に関わる重大な問題です。永田議員が自らの責任を明確にするのは当然としても、こうした安易な処分は避けるべきであろうと私は考えます。

例えば、国家的重大事で国会の議決を要するケースがあったとします。そこで反対する野党議員を些細なことから国会除名処分にできるのであれば、与党はどんな法案を通すことも可能となります。また、国会議員には不逮捕特権があります。これは、政府与党に反対する国会議員を逮捕して法案を通す暴挙を許さないための安全弁なのです。つまり、法に触れる犯罪行為でもない限り、国会議員の除名処分は避けるべきでしょう。

■地方議員の声

さて、私たち地方で活動する議員にとって今回の件は非常に迷惑な話であったことは否定できません。どの会合に出ても、誰とお会いしても、開口一番「民主党は大変だな」「民主党は何をやってるのか」と叱責されます。

民主党は都市型政党として出発しております。したがって、私たちのように地方で活動する議員の存在が軽視されている面もあり、党内で大事にされているとはとても思えません。中にはハッキリと「地方の県議会議員や市議会議員は国政選挙に必要ない」「地方には中央の政党の組織は要らない」と主張する国会議員も民主党にはいるのです。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

私はむしろ、地方の県議会議員や市町村議会議員の力が国政選挙に欠かせないと考えます。こうした議員たちの日頃の積み重ねがあってこそ、民主党は国政の議席を「都市型選挙」が通用しない地方でも得ているのです。しかし、国会ばかりではなく地方議会で私たちが政権党・自民党と対峙し、草の根の活動で改革に取り組んでいることを党の幹部たちはどれほど理解しているのでしょうか。

テレビカメラが向けられる華やかな選挙の舞台で注目を浴び、マイクを握って格好よく大衆に政策を訴えるパフォーマンスだけで選挙に勝つなど、地方で地道に活動している私たちには「夢のまた夢」のような話です。風に乗って議席を増やし、連戦連勝と浮かれていられたのは過去の話です。風が止んで歴史的な大敗を喫した今、私たちの民主党はどこに向かおうとしているのでしょうか。

私は、地方で現状を憂うばかりです。

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