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2006/05/03

5年目の小泉政権に思う

私の大学の同期生S氏(現・神奈川県議)が、小泉総理のお父上・純也先生の秘書となったのは昭和39年頃のことでした。S氏は当時まだ大学4年生で、防衛庁長官となったばかりの先生から緊急の電報を頂いて秘書就任を請われたのですから、私も含めて周囲は大変びっくりしたものです。

その後、私はS氏を訪ねて議員会館によくお邪魔し、昼ごはんなどをご馳走になりました。その際に純也先生や秘書官の信子さん(小泉総理の姉)ともお会いする機会が幾度もありました。その先生が亡くなられて、純一郎氏が急きょ留学先のロンドンから呼び戻され、27歳の若さで衆院選に立ったのは皆さんもご存知の通りです。

ただし、帰国後すぐの衆院選で純一郎氏は落選。その次の選挙で念願の議席を獲得します。友人のS氏はその後も引き続き純一郎氏の秘書を務め、私も以前と変わりなく彼の職場を訪ねました。その時にお目にかかった純一郎氏の印象は「真面目で率直に話す若手政治家」という感じで、やがて内閣総理大臣のイスに座り、それも長期政権を維持する人物になるとは考えもしませんでした。

その純一郎氏が総理となった5年前の夏、私は民主党公認候補として参院選に出馬しました。結果、その小泉政権への圧倒的な追い風の前に敗北を喫したのですが、40年前のことを想い出すと運命を感じずにはいられません。そして、戦後の日本政治史を振り返ってみて、「これほど話題と変化に満ちた内閣はなかったであろう」と改めて思うのです。

■小泉政権の功罪

まず、国民を驚かせたのは小泉総理が就任早々、改革を前面に打ち出して「自民党をぶっ壊す」と宣言したことでした。結局、自民党の組織そのものを破壊することはありませんでしたが、旧田中派は完膚なきまで打ちのめされました。また、他派閥のキバを抜き、派閥均衡型から党主導型の党運営へと切り替えた点も特記すべきでしょう。

政策形成や予算編成の主導権を官邸が握ったことも、小泉政権下における大きな変化に挙げられます。総理の下に学者や財界人らによる経済財政諮問会議を設置し、ここが財務省の頭越しに予算編成の大枠を決めるというのは、従来では考えられなかったことです。これによって、公共事業重視の予算が大幅に圧縮できたことは「画期的」と言えます。

また、郵政民営化や金融制度改革などの面でも、小泉総理の施策・手腕は一定の評価を得ています。しかし、その一方でこの政権が積み残した課題も少なくはありません。

そのひとつはまず、アジア外交の失敗です。かつて、この国家が強気の一点張りで外交を進めた結果、やがて国際的に孤立してしまった歴史を忘れてはなりません。特に中国や韓国に対しては、過去の歴史的背景も考え併せて柔軟に対応すべきです。

一方、国内では格差社会の問題が深刻化しています。市場万能主義は当然、「勝ち組」「負け組」を生みます。大都市と地方、国民の所得、生活などさまざまな場面で格差が広がり、この国の将来にかかわる大きな争点になろうとしています。今、この国ではパートや契約社員などの非正規社員が3割以上を占め、フリーターが200万以上、ニートが60万人とも言われています。これは我が国にとって由々しき問題です。

■日本の将来に危うさ

そして、小泉政権による劇場型政治は、この国に一種の「ポピュリズム」を蔓延させました。

郵政民営化というシングル・イシュー(たったひとつの主張)を争点に、マス・メディアを通じて国民の感情を煽り、わずか1回の選挙で「小泉チルドレン」と呼ばれる新人議員を80名以上も当選させるという現象は、この国の先行きに危うさを感じさせるものでした。

民主政治とは本来、見識のある有権者(国民)が冷静に政策を判断し、それが多数の世論を形成した上に政府が成立するという図式を理想とします。しかし、シングル・イシューへの特化によって世論を操作する「小泉劇場政治」は、この民主政治の本質から大きくかけ離れたものでした。

発足から5年目を迎えた小泉政権は間もなく幕引きとなりますが、誰がその後を継ぐにしても、これまでの劇場型政治には終止符を打たねばならないと考えます。

※予定を急きょ変更いたしました。10年目の寺田県政を検証(1)の続きは後ほど改めて投稿いたします。

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