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2006/05/28

格差社会の産んだ歪み

日本経済が高度成長を続けていた時代は、国民のおよそ6割前後が「中流意識」を持っていたものです。実態は多少の差があったにせよ、これは納得できる数字であったと私も思います。

ところが、最近ではこうした「中流意識」が国民の間で急速に薄れ、「勝ち組」「負け組」といった話や社会のあらゆる場面で生じている「格差」の問題がクローズアップされています。

現在、この国にはフリーターが230万人以上いると言われています。フリーターはもともと労働が不定期で、収入も不充分で不安定です。当然、企業や国の将来的保障もほとんど望めません。ライフスタイルとして定職に就かないことを自ら選んでいる人は少数派であり、大半はこの不定期労働を余儀なくされてます。

さらに、働く意欲も学ぶ意欲も失い、生活費を親に頼って暮らす「ニート」と呼ばれている若者たちが60万人以上も存在します。これは私の世代からはとても信じられない実態ですが、親のスネをかじって生きているに等しい若者がこれほど多いというのは、国家として大きな損失であることは明らかであると考えます。

■政治の役割とは何か

小泉内閣は経済について、市場主義の政策を打ち出してきました。

この政策はかつてイギリスのサッチャー首相がとったものであり、福祉国家の重圧にあえいでいたイギリス経済を活性化させることに成功しています。日本においてもこうした政策は、バブルの崩壊以降、低空飛行を続けていた経済を活性化させ、景気を回復させました。

確かに、その面では一応の成功を収めたのかもしれません。しかし、激しい競争で敗れた企業群は数知れず、取り残された中小の業者も「負け組」となりました。さらに中央と地方の経済にも格差は生じ、フリーターやニートのみならず、中高年層にも大量の失業者を産んでいます。

この実態を国はどう見るかです。

競争で敗れた者、社会からはみだした者を「自己責任」で片付てしまうわけにはいかないでしょう。

自由競争は資本主義の原則であります。古典派経済学のアダム・スミスは経済の自由放任主義を唱え、競争することがさらに経済社会を繁栄させるとしました。そして、それぞれの競争は「見えざる神の手によってうまく調和がとられる」とも言っています。しかし、歴史を振り返れば分かる通り、競争は必ず敗者を作ります。私には、この敗者を切り捨てることを「当然」とする一部の政治家、評論家の発言が理解しがたいのです。

この国に今、「負け組」に再びチャンスを与える仕組み、すなわちセーフティーネットが求められていることは言うまでもありません。そして、フリーターやニートと呼ばれる若者たちの、しっかりとした形での社会参加を促す策を早急に打ち出すべきです。

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2006/05/13

首相の靖国参拝と外交

戦後せっかく築き上げてきた中国・韓国などとの関係が、小泉首相の靖国神社参拝で悪化している現状は憂慮すべき事態です。

小泉首相は「個人の資格で行くのだからとやかく言われる筋合いではないし、他国の干渉は受ける必要もない」との態度を示しています。しかし、小泉氏の個人的な資格はどうあれ、日本国の首相として国益を最優先すれば、靖国参拝は差し控えるべきという結論を容易に導き出せると思います。

そもそも、中国や韓国はどうして小泉首相の靖国を批判するのでしょうか。彼らはまず、侵略戦争の指導者として極東軍事裁判(東京裁判)で有罪判決を受けた東条英機元首相ら14名(いわゆるA級戦犯)を祀る場所を参拝することに、不快感を示しています。

これに対して、日本国内では「国のため、戦争で犠牲になった軍人・軍属を祀っている靖国神社を参拝するのはごく当たり前のことであり、何ら問題はない」という論もあります。また、東京裁判そのものを否定的にとらえて「勝者(連合国)が敗者を一方的に裁いたのもので、判決そのものが無効だ。A級戦犯は存在しない」という主張も存在します。

先の戦争への思いや評価はさまざまですが、この問題はやはり日本として特別な配慮が必要です。侵略され、痛めつけられた側の立場を理解することはとても大事なことであると私は考えます。その出発点はまず、この国がかつて中国や韓国に侵略戦争を仕掛け、多大な損害を与えた歴史を忘れてはならないということです。

したがって、侵略戦争の最高指導者として裁かれた14名は、靖国神社から分祀(切り離して祀る)することも必要でしょう。もし、靖国神社側がこれを不可能とするならば、宗教色のない国立の追悼施設を造るしかありません。

これまで、歴代の首相を含めて保守色の強い政治家たちは、日本遺族会に配慮せざるを得なかった面があったと思います。しかし、そのことに拘っていたのでは、問題はいつまで経っても解決には至りません。また、強気一点張りの外交は過去の日本に照らし合わせても分かる通り、国益を大きく損なうことにもなりかねません。

これ以上、中国や韓国などアジア諸国との関係を悪化させることは避けなければなりません。政府は今こそ決断し、アジア外交を正常な形に戻すべきです。

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2006/05/03

5年目の小泉政権に思う

私の大学の同期生S氏(現・神奈川県議)が、小泉総理のお父上・純也先生の秘書となったのは昭和39年頃のことでした。S氏は当時まだ大学4年生で、防衛庁長官となったばかりの先生から緊急の電報を頂いて秘書就任を請われたのですから、私も含めて周囲は大変びっくりしたものです。

その後、私はS氏を訪ねて議員会館によくお邪魔し、昼ごはんなどをご馳走になりました。その際に純也先生や秘書官の信子さん(小泉総理の姉)ともお会いする機会が幾度もありました。その先生が亡くなられて、純一郎氏が急きょ留学先のロンドンから呼び戻され、27歳の若さで衆院選に立ったのは皆さんもご存知の通りです。

ただし、帰国後すぐの衆院選で純一郎氏は落選。その次の選挙で念願の議席を獲得します。友人のS氏はその後も引き続き純一郎氏の秘書を務め、私も以前と変わりなく彼の職場を訪ねました。その時にお目にかかった純一郎氏の印象は「真面目で率直に話す若手政治家」という感じで、やがて内閣総理大臣のイスに座り、それも長期政権を維持する人物になるとは考えもしませんでした。

その純一郎氏が総理となった5年前の夏、私は民主党公認候補として参院選に出馬しました。結果、その小泉政権への圧倒的な追い風の前に敗北を喫したのですが、40年前のことを想い出すと運命を感じずにはいられません。そして、戦後の日本政治史を振り返ってみて、「これほど話題と変化に満ちた内閣はなかったであろう」と改めて思うのです。

■小泉政権の功罪

まず、国民を驚かせたのは小泉総理が就任早々、改革を前面に打ち出して「自民党をぶっ壊す」と宣言したことでした。結局、自民党の組織そのものを破壊することはありませんでしたが、旧田中派は完膚なきまで打ちのめされました。また、他派閥のキバを抜き、派閥均衡型から党主導型の党運営へと切り替えた点も特記すべきでしょう。

政策形成や予算編成の主導権を官邸が握ったことも、小泉政権下における大きな変化に挙げられます。総理の下に学者や財界人らによる経済財政諮問会議を設置し、ここが財務省の頭越しに予算編成の大枠を決めるというのは、従来では考えられなかったことです。これによって、公共事業重視の予算が大幅に圧縮できたことは「画期的」と言えます。

また、郵政民営化や金融制度改革などの面でも、小泉総理の施策・手腕は一定の評価を得ています。しかし、その一方でこの政権が積み残した課題も少なくはありません。

そのひとつはまず、アジア外交の失敗です。かつて、この国家が強気の一点張りで外交を進めた結果、やがて国際的に孤立してしまった歴史を忘れてはなりません。特に中国や韓国に対しては、過去の歴史的背景も考え併せて柔軟に対応すべきです。

一方、国内では格差社会の問題が深刻化しています。市場万能主義は当然、「勝ち組」「負け組」を生みます。大都市と地方、国民の所得、生活などさまざまな場面で格差が広がり、この国の将来にかかわる大きな争点になろうとしています。今、この国ではパートや契約社員などの非正規社員が3割以上を占め、フリーターが200万以上、ニートが60万人とも言われています。これは我が国にとって由々しき問題です。

■日本の将来に危うさ

そして、小泉政権による劇場型政治は、この国に一種の「ポピュリズム」を蔓延させました。

郵政民営化というシングル・イシュー(たったひとつの主張)を争点に、マス・メディアを通じて国民の感情を煽り、わずか1回の選挙で「小泉チルドレン」と呼ばれる新人議員を80名以上も当選させるという現象は、この国の先行きに危うさを感じさせるものでした。

民主政治とは本来、見識のある有権者(国民)が冷静に政策を判断し、それが多数の世論を形成した上に政府が成立するという図式を理想とします。しかし、シングル・イシューへの特化によって世論を操作する「小泉劇場政治」は、この民主政治の本質から大きくかけ離れたものでした。

発足から5年目を迎えた小泉政権は間もなく幕引きとなりますが、誰がその後を継ぐにしても、これまでの劇場型政治には終止符を打たねばならないと考えます。

※予定を急きょ変更いたしました。10年目の寺田県政を検証(1)の続きは後ほど改めて投稿いたします。

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