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2006/06/28

6月定例県議会の要点

6月定例県議会が28日に終了いたしました。今回の定例会で討論された主な議題の中から、重要と思われたテーマについて書いてみます。

まず第1に上げたいのは、藤里町で起きた小学生殺人事件を巡り、安全と安心の確保を求めた議論です。今回の事件を受けて、県は小学生の安全な通学を確保しなければならないとして、県警・教育長・県福祉健康部が一体となって取り組むための予算4000万円を計上しました。

もちろん、この問題はこの対策ひとつで解決するわけではありません。今後は地域ぐるみで子どもたちを見守り、誰もが安心して暮らせる街を実現するため、さらなる取り組みが求められることになると思います。

第2は、来年度から始まる国の農政の大きな転換にかかわる集落営農対策についてです。農水省では各集落単位で20ヘクタール以上の農地を集約し、これを会社組織にするとしています。そして、この法人と4ヘクタール以上の認定農家を対象に、所得補償を含めて今後は手厚い施策を打ち出す方針です。

しかし、これを実現するためにはいくつかのハードルを越えなくてはなりません。

農地の集約については、祖先から引き継いできた農地を法人に対してスムーズに「預託」できるかどうか、という問題があります。また、誰が法人の経営に当たるのかという点についても、不安はつきまといます。さらに、「この新しい事業に参加しない零細農家を切り捨てるのか」という不安の声も聞かれます。この件については、さらに議論を深める必要があるでしょう。

第3は、南ヶ丘の子ども総合支援エリアです。この問題については昨年来、県議会でも議論を徹底して参りました。県はこれを受け、南ヶ丘という場所が適切なのかどうかをも含め、専門家による検討委員会に総合的な判断を委ねております。しかし、県の諮問自体が「南ヶ丘ありきではないか」との質問が相次ぎました。この問題もやはり、もっと掘り下げて話し合わなければなりません。

第4は、小野寺清前教育長を秋田わか杉国体のアドバイザーとして招き、月額30万円の報酬を支払うという問題です。国体には多くの県民の皆さんがボランティアとして参加する見通しとなっています。議会では、そのボランティアを県民に呼びかけていた小野寺氏に報酬を支払うことに疑問の声が出ました。また、後任の教育長やスタッフがいるのに、何故アドバイザーが必要なのかという意見もありました。

いずれの指摘も、「寺田知事は身内に甘いのではないか」という思いが背景となっているようです。確かに、小野寺氏を国体アドバイザーに起用するという方針は、一般常識や県民感情からしてもしっくりこない面があると私も思います。

委員会の討論採決直前まで(27日正午頃)、みらい21を除く他の会派は態度を保留しておりましたが、その後の話し合いの中で「そこまで徹底して反対し、原案を否決するものではない」ということで大半は了承。委員会は自民を除く賛成多数で通り、28日の本会議は自民県議8名が退席し、賛成多数で可決されました。

以上、取り急ぎ今定例会の要点のみご報告申し上げます。

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2006/06/22

小学生の死と地域の変化

ひとりの女性の暴走から入学間もない小学1年生の命が奪われ、自然環境に恵まれた静かで美しい町・藤里の住民が混乱に陥っています。マスコミの過剰な報道もあり、町のイメージダウンも免れないようです。

藤里町は秋田県と青森県にまたがる「白神山地」が世界遺産に登録されたのを機に全国的に注目され、ようやく観光地として認知され始めたばかりでした。町ではキノコの栽培など特産品の開発にも力を注いでおり、合併に加わらず自立に向けて努力を重ねていた地域住民の戸惑いを思うと心が痛みます。

今回の事件で改めて痛感したのは、都会のみならず地方の小さな町も安全ではなくなったということです。昔であれば、田舎はのどかで平和だと誰もが思っていました。確かに少々わずらわしい面はあるのかもしれませんが、田舎の密接な人間関係のおかげで、何か変わったことがあればすぐに情報が広まったものです。

皆さんもご存知の通り、私も事件の起きた藤里町と同じ山本郡の出身です。私が幼い頃、外部から我が村を訪れるのは行商や旅芸人の方などごく限られていました。たまに「酒しらべ」(税務署による密造酒の摘発)がやって来ようものなら、情報は瞬く間に各家々へと伝わり、さらには隣村へと伝達されていました。

そうしたコミュニティーの中で私たち子どもはおとなたちに守られ、日が暮れるまで伸び伸びと野山を駆け回り、川で泳いだり魚を釣ったりしていました。ところが、今回の事件はそうした「のどかな田舎」のイメージを根底から覆したといえます。事実、地方の町は中央の「都会人」が想像できないほど様変わりしているのです。

■薄れる地域への参加意識

私はたまに県内の町村に出かけるのですが、中心部を離れると昼はどこも住民の姿が見当たりません。家にこもっているからではなく、働きに出ているからです(もちろん人口減少の影響もあります)。住民の方に聞いてみたところ「同じ集落に住んでいても、最近は互いに顔を合わす機会が滅多にない」そうです。そして、こうした変化の中で住民の考え方も変化していることは否定できません。

以前と比べて干渉を嫌う人たちが増え、いわゆる「都市化」が住民の意識に浸透してきたといえます。その一方では、地域に張り巡らされた連絡網が心ないウワサを広げるパイプになっているという、皮肉な現象も見られます。つまり、何か「異変」があっても実態はつかみ難くなっているというわけです。

6月の県議会定例会でも、もっぱら藤里町で起きたこの事件が話題の中心となっています。中には「もっと民生委員を増やすべきではないか」と主張する方もいらっしゃいます。確かに、それもひとつの手段であろうと私も思います。もっとも、これとて事件を未然に防ぐ決め手とはなりえないでしょう。

今、藤里町では保護者が子どもたちを学校まで送迎しています。が、いつまでもこうした状態を続けるわけにはいきません。やはり、学校・保護者・警察・ボランティアが密に連絡を取り合い、地域ぐるみで地域と子どもたちを見守る体制が必要です。

この体制作りに、住民(特に若い層)の理解と協力は不可欠であると考えます。地域への参加意識、帰属意識をより良い形で高め、連帯をいかに強めていくかが課題です。戦後日本の個人主義は、その陰で周囲への無関心を産みました。しかし、自分たちの住む町は自分たちの手で守るという気概なくして、いったい何ができるのでしょうか。私たちはまず、このことを肝に銘じなくてはなりません。

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2006/06/13

全国一の自殺率と県民性

秋田県の昨年の自殺率が全国最悪を記録しました。平成に入ってからの17年間、秋田県は2年を除いて毎年のようにワースト・ワンになっています。ちなみに昭和25年からの35年間も、自殺率第1位は21回も数えているのです。

私は自殺の問題についてはまったくの素人ですが、1人の秋田県人としてその理由や背景について以前から関心を持っていました。果たして、この高い自殺率は何に起因するのでしょうか。

その1つに、「気候や風土が大きく影響しているのではないか」とする説があります。確かにこの自殺率の全国ランキングを見ると、秋田県に次いで自殺率が高いのは青森県、山形県と続き、ワースト13位までに福島県、北海道、宮城県が入っています。

東北・北海道で自殺多発しているという事実はますます、厳しい冬が長い北日本ならではの気候が大いに関係していると思わせます。実際に北国に住めば分かることですが、11月から3月末までは吹雪かどんよりした曇り空の日が続き、輝く太陽を目にする機会は滅多にありません。

寒さが厳しい時期ですから、天候が良くない日はつい家の中に閉じこもりがちとなります。どんな人間でも孤独な状態に長く置かれると、考え方がどんどん「内向き」になるものです。もし病気がちだったり、体調がすぐれなかったり、あるいは精神的に参っている時はなおさらでしょう。

一方、自殺がもっとも少なかったのは神奈川県でした。以下、香川県、徳島県、三重県、奈良県、愛知県、京都府、岡山県、広島県、静岡県、東京都となっています。見ての通り、温暖な西日本と首都圏が目立ちます。自殺の多い地域、少ない地域を比較すると、やはり気候の違いに大きな差があるようです。

他県と比較して「後進性」が指摘される秋田ですが、その原因としてよく上げられるのは交通網や通信網など、ハード面の整備の遅れです。確かに、それも原因かもしれません。しかし、それ以上に深刻なのは県民の高い自殺率の背景として考えられる「内向き」の姿勢ではないか、と私は思うのです。

もちろん、そこに大きな影響を及ぼしている天候や風土を変えることはできませんが、物事をマイナスに考えがちな県民性を改めることは決して不可能ではありません。新しい秋田県を築いていく上で、この県民意識を変革していくというのは非常に重要なテーマになるはずです。

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