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2006/10/30

責任ある政権政党とは?

神奈川県と大阪府で行われた2つの衆議院議員選挙は、いずれも自民党の勝利に終わりました。どちらも議員の死去に伴うもので、自民党候補にとっては弔い合戦。投票率は極端に低く、これも自民党と公明党が得意とする組織型選挙に有利な条件となりました。どちらの選挙区も自民党候補の後援会(先代から引き継いだもの)がしっかり組織されているのですから、そもそも弱いはずがありません。

そんな徹底した組織戦を繰り広げる自民党に対して、私たち民主党はどちらかといえば時の「風」に頼ってきたことは否定できません。したがって、投票率が伸び悩む選挙では苦しい戦いを強いられるケースが多いのです。今回の選挙結果を受け、民主党が真の政権党となるためにはまず「風」に乗る選挙戦術から脱却し、自民党に負けないくらいに強靭な組織を持つことが必要だと痛感した次第です。

ところで、今回の2つの選挙は来年夏の参議院議員選挙の行方を占う重要な選挙でした。しかし、秋田の非自民勢力は未だに参議院議員候補を決めかねています。当然のことながら、どこに顔を出しても問われるのはその件です。一時、社民党が自前の候補を立てることを前提に、民主党に共闘を申し入れてきましたが、これは即座に断りました。そこで改めて両党は話し合い、「政党色のない人を連合秋田といっしょに担ごう」ということで先週末にようやく合意したばかりです。

ライバルとなる自民党の現職は2期のキャリアを持ち、つい先日まで副大臣を務めていました。選挙資金も豊富らしく、県内いたるところに看板が立っています。これは臨戦態勢が整ったということなのでしょう。人選のテーブルについて間もない私たちにとって、この自民党候補相手の選挙は確かに楽なものではありません。ただし、お互いの基礎票はそれほど違わないのですから、戦い方によっては勝算があると見るべきです。

秋田県内では民主党の基礎票が19万、社民党の基礎票が4万8000と言われています。対する自民党は単独の基礎票が24万ですから、ほとんど変わりません。問題は自民党と連立する公明党で、県内に7万台の基礎票を持つとされています。単純に計算すれば、これは自民・公明にとって有利な戦いです。ところが、その有利なはずの戦いを自民党は2年半前に落とし(参院選)、非自民系無所属の鈴木陽一さんが勝利したのはまだ記憶に新しいと思います。

不利とされる戦いも、候補者の魅力やその時々の社会情勢で逆転できます。これは自民・非自民のどちらの組織にも属さず、自らの判断で候補者を選ぶ「無党派層」の存在がいかに大きいかを示すものです。無党派層と呼ばれる人たちは政治オンチなのではなく、むしろしっかりと政治状況を眺めているのかもしれません。

ただ、その無党派層はメディアに感化されやすいという一面もあるようです。例えば、小沢さんと安部さんのどちらが見栄えが良いかも、時として判断の基準とされます。だからこそ各政党は最近、マスコミ対策に力を入れています。その結果として選挙では中身よりも見た目を重視し、知名度の高い人物を候補として立てる傾向が強まっているわけです。

■候補者人選のあり方

選挙は勝たなければ意味がないと誰もが言います。しかし、私自身はこうした考え方・手法を肯定的にはとらえていません。国会は国権の最高機関です。この国を動かしていくための法律を作る立法の府で、法律のイロハはもちろん、行政のシステムも何も理解していない人物を「勝てる候補だから」と擁立する姿は、政党としてあまりにも無責任であり、民主国家の将来を脅かす危険な行為であると思います。

様々な考え、立場の方たちで国会を構成するのは良いことでしょう。しかし、政党がその考え、立場よりまず「勝てる」ことだけを優先して候補の人選を行うことには大きな疑問が残ります。少なくとも政党は候補選考の際にその考えや立場をしっかり理解し、さらにはその人物の社会的な経験や知識にも目を向け、最後まで党を挙げて「推した」ことへの責任を持つべきでしょう。安易な人選は、国民に多大な損害を与えかねないのです。

誤解を恐れずに申し上げれば、名が知られているだけで視野の狭い人物、見た目の良さだけで判断力に欠ける人物を国会に送り込んでも、国民にとってのメリットはほとんどありません。たぶん、喜ぶのは官僚だけでしょう。官僚たちは彼らのチェックが及ばないのを良いことに、思い通りの政策・法律を作ってこの国を自分たちの手で実質的に運営していこうとするはずです。

深謀遠慮という言葉があります。これは考えを巡らせ、遠い先のことまで考えて綿密な計画を立てることを指します。目の前の勝利にこだわる余り、この国の将来を見誤るような選択をするようでは、真の政権政党にはなれないでしょう。こんな時代だからこそ、この国の将来を深く読み、よく考え、責任ある行動を取ることが私たちの民主党には必要であろうと、田舎地方議員の私は考えるのです。

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2006/10/25

知事の汚職を生んだ背景

東京地検特捜部がついに佐藤栄佐久・前福島県知事の逮捕に踏み切りました。そのための捜査は数年に及んだといいます。複雑な事件の背景はおそらく、地元警察の力では解明できなかったでしょう。さすが、高い捜査力を持つ「特捜」です。

30年前の話になりますが、福島県では同じ東京地検特捜部によって、当時の知事が汚職で逮捕されたという過去があります。この事件では新進気鋭の検事・宗像紀夫さんが捜査に当たり、朝日新聞支局の若手記者・吉田慎一さんが克明に報道しています。吉田さんが地検の植え込みに隠れるなどして懸命の取材を敢行し、検事らとせめぎ合う姿は後に「木村王国の崩壊」という本にまとめられ、ベストセラーとなっております。

今から2年前、朝日新聞の秋田支局から本社に戻る若手の記者に、私はこの「木村王国の崩壊」を持たせ、「この本を読んで大いに感銘した男が今、地方議員として頑張っていると吉田さん(現在は朝日新聞社の常務取締役)にぜひ伝えて欲しい」とお願いしたものです。

話は逸れましたが、福島県は「木村王国」と称されたその当時と何ら変わらない状態にあったといえるのではないでしょうか。

公共事業を発注してもらう見返りに、3パーセントとも5パーセントもいわれるリベートを支払うのが業界の常識なのだという噂は、私も何度か耳にしたことがあります。相も変わらずこうした事件が起きるのですから、これはまったく根拠のないデマと片付けるわけにはいきません。繰り返し汚職事件が起きるのは、構造的な問題であることを意味していると思うのです。

知事は公共事業の発注のみならず、絶大な権限を持っています。事件が起きた福島県でも「若い県議が佐藤前知事に睨まれて震え上がった」「側近は佐藤前知事を恐れてものが言えず、イエスマンばかりだった」など、その専横ぶりを伝える報道は少なくありません。

しかし、これは何も福島県に限った特殊なケースではありません。程度に差はあるにせよ、自治体の長の強引な振る舞いはどの自治体でも聞かれる話なのです。

例えば、圧倒的な権力者である首長に「次は落としてやる」と言われれば、議員は少なからずプレッシャーを感じます。しかし、議員はそれにひるんではなりません。何故なら、権力の腐敗や暴走をチェックし、防ぐのが我々議員の仕事だからです。その点で、福島県議会は十分に機能していなかったのではないか、という疑問も生じます。

この国には、地方自治法という立派な法律があります。そして、議員には行政を監視する権利、質問する権利、調査する権利、議決する権利を与えられています。議会は行政の附属機関ではありませんし、また追認機関でもありません。地方自治体は、行政とそこから独立した機関である議会からなる2元制を取っているということを忘れてはならないと思います。

ところで、私は県議会議員となってから15年間、1度たりとも当局から直接プレッシャーをかけられたり、嫌がらせを受けたり、妥協を持ちかけられたことはありません。正々堂々、正義を貫く姿勢を明確に示している議員には、そういう工作は一切通用しないのです。

もし仮に「いざという場面」があるとしたら、議会で論陣を張って問題を正していくだけです。身の危険を感じるようなときは、それこそあの「地検特捜部」が黙っているはずがありません。県民の皆さまに「秋田県議会は何をやっているのか」と叱責されることがないよう、私は議員を志した当初の気概を常に忘れず、今後も頑張って参ります。

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2006/10/05

安倍新政権の発足に思う

52歳という若さを武器に、フレッシュかつソフトなイメージを定着させた安倍晋三氏。顔は大伯父の佐藤栄作元総理によく似ており、団十郎ばりの美男子。そして、昭和の妖怪と呼ばれた祖父・岸信介も元総理。さらに、実父・安倍晋太郎氏は元外務大臣。親戚は皇室につながるというその華やかな閨閥に、テレビのワイドショーや大衆紙、週刊誌が飛びつくのは当然といえば当然。ご婦人方の目に、このプリンスがたまらなく魅力的に映るのも頷けます。

発足したばかりの安倍内閣の支持率も非常に高いようです。しかしながら、マスコミの論調は必ずしもそれを肯定するものばかりではありません。主要紙の社説や解説をご覧になれば分かる通り、「論功型」「側近重用」「強い保守色」といった見出しが目立ち、新内閣の船出にしては珍しく厳しい見方が多いようです。

後見人である森喜朗元首相や中川秀直幹事長の意向もあり、主要閣僚にベテランを配置するなどバランスは取れているように見えますが、「軽量級」の謗りは免れない顔ぶれであろうと思います。さらに気がかりなのは、安倍氏自身が財務大臣や外務大臣といった主要ポストを経験せず、自民党の幹事長や官房長官を短期間務めただけでこの国の舵取りをしようという点でしょうか。

では、なぜ自民党はその安倍氏を新総裁・新総理に担ぎ出したのでしょうか。それは考えるまでもありません。すべては来年夏に行われる参議院議員選挙に勝つためです。誰よりも大衆受けする安倍氏を看板としてフルに活用し、参議院議員選挙に臨むというのが自民党の戦略であることは間違いありません。問題は、その安倍内閣が選挙対策以外に何か強い信念を持って国政に当たろうとしているかどうかです。

例えば、所信表明演説の重要なキーワードである「美しい国、日本」という表現ひとつ取っても抽象的で、国会の答弁もほとんど担当省庁の役人が用意した文章を読み上げているように聞こえます。果たして、安倍氏はこの国のリーダーとして強い指導力を発揮できるのでしょうか。強烈なパワーとしたたかさを持ち合わせた諸外国のトップと、対等に渡り合うことができるのでしょうか。国家の指導者は強い信念と牽引力、カリスマ性、そして高い理想と思想、見識を持ち、歴史観が優れていなければ務まらないと考える私は、新政権の先行きを心配しています。

■課題にどう当たるのか?

今、我が国が抱える課題は山積しているといっても過言ではありません。当然、それは安倍内閣が緊急に取り組まなければならないものばかりです。その中で、まず挙げたいのはアジア外交です。小泉政権下の日本はアジアで孤立を深めました。これを打開するためには、中国や韓国との関係を改善しなければなりません。さらに、ロシアや米国との関係が以前に比べて難しくなっているのも憂慮すべき点です。これら外交問題にどう当たるのかが問われることになるでしょう。

国内に目を転じれば、より一層の経済成長が求められています。国家の財政は既に破綻状態で、債務残高は800兆円を超えているのです。一方、国民の間では貧富の差も広がっています。この格差社会の是正も急務です。現在、日本にはフリーターが213万人、ニートが85万人もいるとされています。このまま経済を市場主義原理に任せるままにしておけば、国民は勝ち組・負け組のいずれかにはっきり色分けされると私は危惧しています。安倍氏はまず、小泉政権の政策の歪みが今、社会現象としてくっきり現れていることを認識しなければなりません。

ところで、安倍氏は憲法の改正や教育基本法の改正に並々ならぬ意欲を持っているといいます。憲法の改正については国会でも憲法調査会を持ち、相当時間をかけて各国の状況・事情などを研究していますし、国民世論も改正に向けて気運が高まっているようです。私は、この内閣で国民投票法案を成立させるであろうと見ています。また、教育の現場が荒れ、社会の規範が崩れて連日のように凶悪な犯罪が発生している現在、教育基本法の改正にまったく手を付けないというわけにはいかないでしょう。

ただ、安倍氏がこうした課題に取り組む時、かつて日本が行った大陸での侵略政策を正当化するのは誤りです。その意味で、安倍内閣の中に皇国史観の立場を取る方々が何人か入っている点もいささか気になります。今の日本が極端なナショナリズムに走ることはないと私は信じておりますが、諸外国に対して必要以上に強がる態度はやはり控えなければならないと思います。

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