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2007/01/27

格差社会とフリードマン

昨年11月、アメリカの著名な経済学者ミルトン・フリードマン氏(1912年7月31日~2006年11月16日)が亡くなりました。フリードマン氏は20世紀後半の主要な保守派経済学者の代表的存在で、シカゴ大学の教授就任後はシカゴ学派のリーダーとして活躍し、1976年にはノーベル経済学賞も受賞しているほどの人物です。

このフリードマン氏の著書に「選択の自由」という本があり、世界的なベストセラーとなっています。私もこの分厚い本をかなり以前に買い求めました。訃報に触れて書庫を探してみたのですが、残念ながら見つけることはできませんでした。

さて、このフリードマン氏の考え方ですが、80年代から現在に至るまで世界各国の経済政策に大きな影響を与えています。これは今日で言う「市場主義」や「経済自由主義」の根本であり、政府の経済統制には批判的な立場を取っています。

通貨(貨幣)の供給量を調整することで、インフレーションやデフレーションを抑えていこうという「マネタリズム」を打ち出したのもフリードマン氏です。この考え方は米国のレーガン元大統領、英国のサッチャー元首相、さらには日本の中曽根元首相、小泉前首相も取り入れました。

かつて、世界の国々は不況になると積極的に公共事業を興し、財政投資を行ってきました。これによって民間を刺激し、経済に勢いを取り戻させるのです。これはイギリスの近代経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏(1883年6月5日-1946年4月21日)の考え方です。

しかし、70年代以降は各国がこのケインズ氏の経済政策を取り続けても、一向に景気が回復しませんでした(例えば、日本でも宮沢政権以降に136兆円もの公共投資を続けましたが、効果はほとんど現れていません)。こうしてケインズ氏の経済理論の限界性が指摘される中、お金の供給量で経済動向を調整しようというフリードマン氏が一躍脚光を浴びることとなったわけです。

現在、日本銀行も通貨の供給量を大幅に増やしたり減らしたりすることで、景気の調整を行おうとしています。これもやはり、フリードマン氏の考え方に基づく施策です。これほどフリードマン氏の影響は大きいのですが、その考え方にも問題があることを知っておく必要があります。

市場主義、すなわち政府の統制を離れた自由主義経済は、経済を活性化させるという点で私も基本的に肯定します。しかし、競争の激化が今日の格差社会を生んだということを忘れてはなりません。おそらく、フリードマン氏もこの問題については明確な解決策を持っていなかったのではないかと思うのです。

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2007/01/20

団塊の世代と機械文明

団塊の世代の多くは、その人生の大部分を会社と運命を共にした「会社人間」でありました。さらに、この時代は工場にあらゆる近代的な生産設備が導入され、オフィスにも最新技術を盛り込んだ事務機器やコンピューターが次々と設置された「機械文明」の時代であったともいえます。

その一方、工場の生産ラインで働く人々は単純労働を強いられ、人間は歯車化されました。そして工場から排出される汚染物質や騒音などは環境を蝕み、公害が大きな社会問題として注目されたことも見逃してはなりません。

この公害について国は当初、さほど真剣に考えていなかったように思えます。ところが、問題が大きくなるにつれて放置できなくなり、公害基本法を制定して環境庁を置き、これが現在の環境省となって取り締まりや指導の体制を充実させ、徹底した対策を講じるまでになっています。もちろん、これで充分とは言えない面もあるのですが、先進国の中でも取り組みそのものは画期的であったのではないでしょうか。

さて、話を先ほどの「機械文明」に戻しますと、この時代は思想の世界で「人間の疎外」という問題がずいぶん熱心に論じられました。労働者は生産現場で機械に振り回され、単純な作業の繰り返しによって本来の人間性を失うとか、あるいは会社や役所という名の巨大な組織の中に飲み込まれてしまい、人間の自由な発想や行動を損なうとか、さまざまな角度から人間への問題が語られたものです。

私自身は大学卒業後に大学院で3年を過ごし、この時代もその後も比較的自由奔放に生きてきました。それは、巨大な組織の中に埋没したくないという気持ちが非常に強かったからであろうと思います。ただ、組織に頼らないことで、孤独感や生きることの辛さを味わうことも度々でした。

今、日本には230万のフリーターと80万人のニートがいると言われております。

実を言えば、私はフリーターの元祖のような人間でありました。フリーターは働きたいときだけ働き、旅行したいときには旅行をし、誰からも拘束されることなく自由自在に生きることが可能です。これは若者にとって大いに魅力的な生活でしょう。しかし、フリーターには将来に対する保証が何ひとつありません。また、フリーターの先輩として私が申し上げたいのは、「社会から取り残されたという大きな疎外感に襲われるときがいずれやってくる」ということです。

ただ、今の時代はフリーターという身分から脱出したいと思っても、なかなか抜け出せないという厳しい現実があります。脱フリーターを目指す若者に、国はどのように手を差し伸べるべきなのか。政治にその解決に向けた取り組みが早急に求められていると私は思います。

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2007/01/13

団塊の世代と2007年問題

団塊の世代という言葉の産みの親は、作家の堺屋太一さんであったと思います。この定義はいくつかありますが、一般的には昭和22年から昭和24年までの3年間に生まれた700万人を指すことが多いようです。戦争が昭和20年に終わり、平和の到来と共に若者たちが続々と結婚し、ベビーブームを巻き起こした時代でした。

私自身は昭和17年の生まれですから、この団塊の世代よりは5歳ほど年齢が上です。ただ、社会に出てからはこの世代の方々とのお付き合いがいちばん多かったですし、時代感覚も非常に似通っていたと思います。その頃の日本は経済が飛躍的な成長を続けており、国家としてもっとも安定していた時期です。国民の暮らしも年々充実し、誰もが将来への明るい展望や夢を持っておりました。

その時代に育った団塊の世代は地方の進学校を卒業後、東京の大学に進み、そのまま大都会の企業に就職。結婚と同時に都心部から離れた郊外の公団住宅や1戸建てに移り住むという方が多かったようです。そのマイホームには最新の家電製品、洒落た家具を揃え、、1人か2人の子供に恵まれた彼らは週末になるとマイカーで買い物に出かけ、時には郊外のレストランで外食を楽しみました。いわゆる「豊かさ」を実感できた世代であったと言えます。

しかし、彼らは郊外に居を構えたため、1時間も2時間もかけて都心の職場まで通勤し、それこそ早朝から深夜まで必死に働きました。つまり、「豊かさ」を自ら支えていたわけです。当時の会社は年功序列、終身雇用が当たり前でした。一生の身分保障を得た代わりに、社員は会社に忠誠を誓い、その業績を上げるために必死になって定年まで働いた「会社人間」でもありました。しかし、この世代も人生の後半に起きたバブル経済の崩壊によって、早期退職や配置転換、子会社への出向などで辛酸を舐めた方も少なくありません。

そして、この団塊の世代がここ数年のうちに退職する時代を迎えています。700万人もいる世代が第一線から退くわけですから、社会には様々な影響が出ることは避けられません。

これが、いわゆる2007年問題です。

まず、65歳以上の高齢人口が一気に増加します。20005年には2556万人であった数字が、数年で3277万人になるという予測もあります。そして今、この急増する高齢者に国がどのような態度で臨むのかが問われています。年金はもちろん、再就職の道は確保されるのでしょうか。定年後に趣味を生かし、悠々自適の暮らしができる層は限られています。住宅ローンの残りや他の借り入れを抱えた人たちはリタイヤもできず、次の仕事を探さざるを得ないのです。

次に、この世代が一斉に職場から離れることは、深刻な人手不足を招く恐れも伴います。特に専門職の場合、穴埋めの人材をどこで確保するのかが頭の痛い問題となります。また、個人消費の低下も予想されます。これによって国内総生産にかなりの悪影響が出るでしょう。ただし、この団塊の世代の退職をねらった積極的な動きも活発化しています。というのも、この世代が得る退職金の総額は45~60兆円が見込まれています。当然、ここにビジネスチャンスが生じるわけで、多くの企業がこれを黙って眺めているはずはありません。

一方、地方にとっても団塊の世代の大量退職は大きなチャンスです。中にはこの世代に住んでもらおうと、様々な受け皿作りを進め、地域の復権を目指すことになるのではないでしょうか。秋田県はこの2007年問題をどうやってプラスに生かすか。今、それが問われています。

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2007/01/06

新しい年を迎えて

新年明けましておめでとうございます。

昨年の今頃は街すべてが雪に埋もれ、市民の皆さんは除雪に難儀されていたと思います。今年は一転、まったく雪のないお正月となりました。特に昨日(1月5日)の天気は10月下旬を思わせるほど穏やかで、秋田市内の海沿いにあるゴルフ・クラブは大賑わいだったそうです。しかし、逆にスキー場は開店休業の状態が続いており、今後の降雪に期待を寄せているのではないでしょうか。

さて、私もゴルフとスキーは大好きなのですが、今年はこれをすべて棚上げし、昼夜を問わず奔走しているところであります。申し上げるまでもなく、今年は統一地方選挙と参議院議員選挙の年。私自身も、5度目の戦いを迎えます。昨日も晴天の空を眺めながら、秋田商工会議所の新年会や連合秋田の旗開きに参加、その合間をぬって支持者の皆様へのご挨拶回りと、スケジュールに空きがないほどでした。

今、春の統一地方選挙――特に県議会議員選挙は県民にとって最大の関心事であると言えます。市町村合併に伴って選挙区が変わり、定数全体の削減やベテランの引退などにより、選挙後の顔ぶれが大幅に入れ替わる可能性は高く、私も新しい県議会の構成に注目しております。

県内経済は一部を除き、相変わらず厳しい状況の中にあります。この1年は、経済界や県の努力でどこまで活力を取り戻せるかが課題といえます。県議会の2月議会も間もなく始まりますが、まずは子育て支援のための新税をどうするが焦点となります。地方分権が進む中、議会のチェック機能がどこまで働くか。県民の皆さんもこれまで以上に、県議会の動きを注視することになりそうです。

一方、国政レベルでは参議院議員選挙が夏に控えています。

安倍内閣は現在、支持率が急落気味です。本間税調会長や佐田大臣の辞任を筆頭に、周辺では不祥事が立て続けに起きています。しかし、参議院議員選挙で自民党が勝てば、不人気にあえぐ安倍内閣が自信を取り戻すでしょう。逆に、民主党が勝てば政局は一気に波乱含みとなり、衆議院の解散という筋書きも考えられます。民主党の代表・小沢さんにとっては、政権を奪取する最後のチャンスであります。

国民の多くは、この先の日本の経済と自分たちの暮らしに大きな不安を抱いています。政府は「いざなぎ景気を超えた」「史上最長の好景気」などと宣伝しておりますが、庶民にはその実感がありません。確かに、大企業は史上最大の収益を上げています。ところがそれは社員の懐には還元されていないのです。

安倍総理の経済成長路線に、私も基本的に賛成の立場ではあります。しかしながら、この国が抱える大きな問題である「格差社会」の解消については、何ら解決策を見出せずにいるのも事実です。この「格差」をどうするのか。私はこれこそが、政府の責任で当たらなければならない緊急の課題であると考えます。

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