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2007/11/25

揺れる県内建設業界(1)

今、秋田の建設業界に異変が起きています。恐らくこのままでは、大半の業者が潰れてしまうでしょう。業界の長年の慣習ともいわれてきた事前の情報交換や調整もなく、「叩き合い」と称して3割も4割もダンピングし、赤字覚悟で仕事を奪い合うのですから、採算が取れるはずなどありません。業界に君臨してきたボスの睨みも利かない時代なのです。

私が知っている建設業の皆さん(大から少まで)に聞くと、誰もが景気の悪さを嘆き、もう諦めたといわんばかりの言葉を口にします。これは由々しき事態であります。少なくとも、秋田という地方の経済の何割かは建設業界が支えてきました。これがおかしくなれば、秋田県自体もガクンと落ち込んでしまいます。

どうしてこのような状況になってしまったのでしょうか。素人なりに考えてみました。

建設業界は、日本の高度成長期を経て80年代のバブルの時代、その後の平成不況期に至る数十年の間、我が世の春を謳歌してきました。好景気の頃は、国や地方も公共投資に力を入れていたため、事業が溢れて消化し切れないほどだったことでしょう。

90年代にバブル経済が崩壊して不況期に入っても、国は巨額の公共投資によって景気回復を図ろうとしていました。例えば90年からの15年間だけを見ても、実に500兆円近くの投資をして都道府県や市町村の尻を叩いて公共事業をやらせました。

しかし、この手法で景気は回復しませんでしたし、結果として国と地方を合わせて800兆円もの借金を抱え、財政を極端を悪化させたに過ぎません。これによって、国も地方も財政再建に血眼になってしまったわけで、今は公共事業どころではなくなっています。

■業者の首を絞める「悪循環」

秋田県もかつては2500億円以上もあった公共事業が、1200~1300億円規模に減少しています。これだけ公共事業が急激に減っているのですから、建設業界の仕事も大幅に少なくなったのは当然のことです。

仕事が余るほどあった時代は、それぞれの地域の建設業者は仲良く仕事を分け合い、共存共栄を図ってきました。今回は譲るが次は回して欲しい、といった暗黙の了解があってそれぞれ成り立っていたのです。ところが、仕事の減少でそうした慣習までもが急変してしまい、「叩き合い」という名の争いが始まったというわけです。

さらに、この厳しい状況に追い討ちをかけたのが入札の透明化に伴う制度の変更でした。そもそも、参加業者の地域が限られると談合が行われて、高価格の落札となりがちです。これを防ぐため、秋田県も公募型や簡易公募型と呼ばれる制度を導入し、入札に参加できる業者の地域を拡大し始めました。

狭い地域では業者間の調整もできました。ところが、範囲が広がって誰が入札に参加するのか直前まで分からないのでは、事前の話し合いも困難となります。結果としてかつての慣行はなくなり、業者もなりふり構わず「叩き合う」ようになったのです。

極端な話かもしれませんが、県北地区で行われる公共事業の入札に県南の業者が参加し、信じられないくらい低い金額で落札する事態も起きうるということです。中には、元請の仕事がまったく取れない業者も出てくるでしょう。そうすると、2年に1度行われる県の格付け審査で、A級を維持するために必要なハードル(元請金額の合計1億5千万円前後)を超えることさえ難しくなります。

このため、業者は赤字覚悟で元請金額の確保に走ります。入札制度の透明性を高めることは大事なことですが、競争を必要以上に激化させる現在の発注形態は悪循環に他ならないと私は考えます。度を超えたダンピング合戦が建設業界の危機を招き、さらに事態を悪化させる恐れがあると私は見ています。

これを打開するためにはどうすれば良いのか。次回は私の考えを述べてみたいと思います。

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