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2008/05/31

政治家たちの台所事情

有権者の多くは「政治家はどうしてそんなにお金が必要なのか」とお考えのようです。しかし、多くの政治家は毎日、毎月のようにただならぬ額の出費を強いられています。中には裕福でお金に困らない政治家もいるでしょうが、私を含めてほとんどの政治家は苦しい台所事情の中でやりくりしているのです。

こんなことを書くと「高松さん、身辺が慌しいのに愚痴を言ってる場合ではないですよ」とお叱りを受けるかもしれませんが、思ったことは口に出さずにはいられない性分ですので、今回はありのままお話ししようと思います。

まず、政治活動をする上で固定的な経費を毎月用意しなくてはなりません。個人事務所を構えている私の場合ですと、事務所の家賃や光熱費、事務所スタッフの給料、社会保険料、電話・ファックス・レタックス・郵便・インターネットなどの通信費、自動車・パソコン・その他事務用品のリース代、駐車場代(複数台分)、さらには印刷物の代金などが固定的に出費している主なものです。

これだけでも相当な額になるのですが、会合などに出席すればそれ相当の参加費をお支払いしなくてはなりませんし、遠方であれば交通費もかかります。また、政務調査もやればやるほど費用がかさむものです。情報収集し勉強するために必要な新聞・雑誌・書籍、その他資料の購入代金なども毎月相当額に達しています。

そして、政治家としての交際範囲も広がれば広がるほど、お付き合いのための経費が必要となってきます。結婚式やお葬式なども、個人的なお付き合いを超えて公的な肩書きで出なくてはならない場合がありますし、記者さんや同僚議員の皆さんとの親睦・情報交換などなど、仕事に関係した会合はここにはとても書ききれないほどです。

さらに、私自身の生活もあります。同世代の皆さんと比べても、私の暮らしぶりは慎ましいものであろうと思いますが、そこから高額の国民健康保険料や生命保険などを支払ってます(年金の積み立てはようやく終わってホッとしているところです)。さらに、議員としてではなく1人の人間としてのお付き合いも色々とございます。公私を含めたスケジュールとそこにかかった費用を書き込めば、おそらく多くの方は「そんなに忙しいのですか!」と驚くのではないでしょうか。

中には「でも、高松さん。報酬やら調査費やらでだいぶ貰ってるのではありませんか」「政治家は悪いことをして稼いでるのではありませんか」とおっしゃる方や、「そんなに大変なのに、よく政治家なんかやってますね」と(やや皮肉交じりに)慰めてくださる方もいらっしゃいます。しかしながら、大半の政治家が自腹を切ってでも活動しているのは、より良い社会を創ろうという思いが原点にあるからです。

なかなか実情を分かっていただけないのは仕方のないことですが、時にはこうして愚痴りたくなる気持ちだけはご理解いただきたいと思います。

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2008/05/28

政局の一寸先は闇

年金にガソリンの暫定税率、後期高齢者医療制度などなど、これだけ立て続けに国民の感情を逆撫でする出来事が続きますと、いつもは強気な自民政権とておいそれと解散できません。おそらく、今ここで解散すれば自民党は歴史的な大敗を喫するに違いありません。

内閣支持率には国民の怒りが如実に示されています。マスコミ各社の世論調査の結果はまちまちながら、福田内閣を支持するという回答は20パーセント前後にまで落ち込んでいるのです。5月20日付・朝日新聞の世論調査では、支持するが19パーセント、支持しないが65パーセントという結果でした。また、政党支持を見ますと、自民党が23パーセントであるのに対し、民主党は39パーセントと、与野党の立場が大逆転しています。これでは選挙を打てるわけがありません。

それでいて自民党の幹部は何もかもを福田総理に押し付け、内閣支持率がどれほど下がろうとも、解散だけは是が非でも回避しようという姿勢であります。おそらく、年内の解散はありません。これは来年に持ち越される可能性が高まったと見るべきでしょう。ただ、ここに来て公明党が来年の解散でも構わないというサインを送ったとの観測も出ております。これは、盟友の公明党も福田内閣を見放しつつあるということでしょうか。

しかし、一寸先は闇といわれるのが政局です。

特に民主の小沢代表は、9月か10月にすべての目標を設定しているように思います。それは、何度目かの全国行脚が始まったことにも現れています。重点選挙区にテコ入れし、解散近しと候補者・支持者を鼓舞し、陣営を奮い立たせることで自らの求心力を高める。そんな思いが込められた行動といえるのではないでしょうか。

一方、国民にとってこの状況は堪ったものではありません。何もかもが自己責任とばかりに手当てされることなく放置され、先行きは暗澹としています。政府自民党へのフラストレーションを溜め込んだ国民の気持ちをすっきりさせるためには、早急に解散をして政局の転換を図り、日本に立ち込めた暗雲を振り払う以外に術はないのです。

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2008/05/19

佐々木前知事を偲んで

佐々木喜久治前秋田県知事の葬儀が5月17日、秋田市で行われ、私も出席いたしました。

祭壇に飾られた佐々木前知事の写真は、往年の自信に満ちた表情でした。寺田現知事はもちろんのこと、かつての出納長や部長、秘書課長、そして各市町村長、各種団体、各界各層の方々が多数駆けつけ、盛大な葬儀となりました。

私が1991年に県議会議員選挙(山本郡選挙区)に初当選した際、佐々木前知事は3期目の終わりくらいであったと記憶しています。県政トップとして脂が乗っていた当時の佐々木前知事とは、県議会で直接渡り合ったことが幾度となくあり、今となってはどれもが思い出深い出来事です。

その佐々木前知事の印象を一言で表すとしたら、やはり「威厳のある人物」でしょうか。しかも、行政については誰よりも詳しい方でした。

知事室は県庁3階の奥のほうにあるのですが、私が1~2年生議員の頃は恐れ多くて直接訪問することなど滅多になかったものです。しかしながら、佐々木前知事自身は決して偉ぶってはおらず、1対1で話すと実に優しく、人柄の良い方であったと思います。

新聞などでも紹介しておりましたが、佐々木前知事の業績も非常に大きいものでした。新幹線と高速道路網の整備、大館能代空港の建設、県立大学の設置、大潟村のバイオや高度技術研究所を初めとする各種研究機関の立ち上げなど、今日の秋田県の基礎的な部分は佐々木前知事の下で手がけられたものです。

時代も確かに良かったかもしれません。佐々木前知事が采配をふるった1970年代後半から80年代にかけてはバブル景気の影響で税収も右肩上がりでしたから、県内各地区からの要望に応え、いくつもの大型事業を進めることができました。当時は県南のフォレスタ鳥海や県北の十和田ホテルなど、県内にいくつもの宿泊施設を建設したほどです。私はさすがにこれは如何なものかと考え、議会で「行き過ぎたハコモノ行政ではないか」と議会で指摘したのですが、佐々木前知事に「何を以ってハコモノと言うのか」と切り返されたことを今でも鮮明に覚えております。

それほどの人物が、たったひとつの失敗――食糧費問題の責任を取って任期途中で辞任されたことはとても残念なことでありました。

私自身も、この食糧費問題がきっかけとなって自民会派を離脱して、志を共にする10人の議員たちと新たな会派・県民クラブを作り、議会で論陣を張ることになったことを思えば、やはり感慨深いものがあります。5期目を迎えていた佐々木前知事の時、たまたま食糧費問題が発覚したのですから、ご本人も途中辞任はさぞ無念であったと思います。

今だから言えることですが、4期目を終える頃の佐々木前知事は続投するかどうかで迷っていたように思います。そこで自民党の楢岡幹事長、谷藤総務会長らが前知事を訪ねて出馬を促し、会派にそのいきさつを説明したことがありました。この時、私は「県議団として決めてもいないのに、なぜ3役の皆さんは何の相談もなく勝手にそんなことをするのですか」と詰め寄り、幹事長らを困らせたものです。

「もし」の話をすれば、佐々木前知事があの時に4期で辞めていれば、食糧費問題の責任者として厳しい非難を受けることなく、今以上に「名知事」という評価を得て、秋田県の歴史にその名を残していたかもかもしれません。やはり、権力者の引き際というのは難しいものです。

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2008/05/13

衆院選の出馬要請について

秋田2区に民主党として独自候補を立てるのか。あるいは社民党の要請を受け入れ、同党の公認した候補に乗るのか。今月10日に能代市で行われた会議は、正に瀬戸際ぎりぎりの激しい議論となりました。というのも、党本部への公認申請は今月中でないと間に合わない状況なのです。そうした最終局面で、我々は独自候補擁立の方針を貫くことを決めたのであります。

ちなみに、秋田2区における我が党への支持はどれくらいあるのでしょうか。これまでに行われた衆参合わせて4回の選挙結果を見ると、ほぼ6万人で一定しています。つまり、民主党の支持にはほとんどブレがないのです。それだけ多くの、なおかつ堅い民主党支持者が選挙区内にいらっしゃるにもかかわらず、歴史的に重要な意味を持つ次の選挙で独自候補の擁立を見送り、他党の候補を応援することはやはりできません。もしこの戦いを放棄したならば、6万人の支持者にどう言い訳して良いのでしょう。それが私たちの結論でした。

「民主党が秋田1区と3区に擁立する候補者を応援するから、2区は我々に譲ってくれないか」。社民党の要請を分かりやすく説明すればこうであろうと思います。確かにその効果は理解できますし、同じ方向を目指して今後も仲良く協力し合える関係を構築できるであろうとも思います。しかし、政党は選挙があれば候補者を立て、選挙期間中は政策を広く訴え、1人でも多くの支持者を増やし、政権奪取を目指すのが使命であります。

そして、過去の選挙で我が民主党を支持してくださった有権者の皆さんの思いがあります。6万人もの支持を得ながら候補者の擁立を見送ることができるのか。これら要素を鑑みて議論を深め、結果として独自候補の擁立という方針を貫くことが決まった以上、私たちは最後まで頑張るしかありません。

さて、私が2区役員の総意で受けた出馬要請ですが、まず自身の気持ちを切り替えるのが大変な上、これまで支援してくださった後援会の皆さんや連合秋田の方々にどうご理解いただくかも非常に重要です。

余談になりますが、佐々木重人君が唐突に無所属での出馬を発表したことは党の決定に背くものとして、党内には除名処分を求める声も数多く上がっています。政党を除名されるということは民主党のみならず、政界からも半ば追放されるも同然です。今回の彼の行動が、その前途に影を落とすことになりかねない状況は残念に思えてなりません。

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2008/05/09

春の連休を終えて思う

皆さんはこの連休をどのようにお過ごしになられたでしょうか。私の場合は案外簡素なものでした。

5月1日は朝から野球大会の開会式、2日はあるゴルフ・コンペに参加し、その後は2日間連続でプールに行って泳いだくらいです。その他の時間は自宅で山のように積まれた資料と新聞の整理、読書にほとんど費やしました。

政治家の場合、いつも気が張っています。普段は自由に動き回っているように見えるかもしれませんが、実は日程に追われて解放感を味わうことは滅多にありません。

ところで、近頃はあまり「レジャー」という言葉を聞かなくなりました。テレビや新聞を見ていても、「レジャー」や「バカンス」といった洒落た言葉を目にすることはありません。1960年~80年代の日本経済が概ね右肩上がりで成長を続け、誰もが夢を思い描いていた時代は、連休ともなれば家族揃って遠出をしたものでした。当時は懐具合も良かったでしょうし、一億総中流などと言われた頃です。最近、私はあの時代が懐かしくて仕方ありません。

ここのところ、ガソリンの再値上げで1リットルあたりの価格が30円以上も高くなったり、小麦粉やバターなど乳製品が品不足から価格が上昇するなど、家計がじわじわと苦しくなっています。これでは遠出してのレジャーどころではないと思います。ましてや年金暮らしの方々は、年金の額の目減りや医療費の値上げなどで「生活すら成り立たない」と悲鳴を上げています。

これは、国民の暮らしを守る国家の方針(施策)がいかになっていないかを表すものです。田舎の政治家に過ぎない私でさえ、この行き詰った状況を見れば「おーい、政府よ。この状況を何とかしてくれ」と声を張り上げたくなる昨今であります。

一方、海外の国々ではどんな余暇の過ごし方をしているのでしょうか。私もよくは分かりませんが、欧州の国々では案外のんびり過ごしているという話です。日本のように遠方まで出かけ、お金を使うということはあまりないと聞きます。自宅でゆっくりくつろぎ、時には本を読んだり、自宅にペンキを塗ったり、趣味の楽器を手にしたり、教会に行ったりなど、日本の休日の過ごし方とはいささか異なるようです。

フランス人は世界的に有名なリゾート地・ニースなどでバカンスを過ごすと思われがちですが、実際にはそうではないということです。フランスでもニースのような場所で余暇を過ごすのは、上流階級に属するほんの一部の人たちであり、大半の方は長期休暇(バカンス)を安いバンガローやキャンピングカー、あるいは田舎にある親戚の家などで過ごすと言います。

余談ですが、フランス人は高級なフランス料理を食べ慣れているだろうというのも、私たち日本人の思い込みです(何年か前に私がパリに行った際、通訳の方に質問したところ、高級レストランで一人前2~3万円もするような料理を食べる機会は、年に1度あるかないかとのことでした)。

フランス人のみならず、欧州の人たちは意外なほど質素な暮らしをしています。朝食にしても、日本のようにテーブルに7品も8品も並ぶことはありません。朝はパンとコーヒーだけというのが一般的らしいですし、これにハムエッグやサラダが付いたら相当に豪華な朝食になるのでしょう。日本人もかつては同様に質素でしたが、いつの頃からか贅沢に慣れてしまっています。

例えば、夕食はほとんど外食という独身の方は多いと思います。客人があれば、ちょっとしたレストランや料亭で接待することもあるでしょう。しかし、お金をかけなくても食事はできます。お客様をもてなすのに見栄は必要ありません。手料理のほうがよほど喜ばれるのではないか、と私は思うのです。

もしかしたら、私のこのような考え方は今の時代から見れば「みみっちい」のかもしれませんが、世の中の品物がどんどん値上がりして家計を圧迫しているにもかかわらず、誰も生活レベルを落とそうとしないのは不思議なことです。もし、20~30年前の生活に戻ることができれば家計は楽になるはずなのですが、分かっていてもそれができません。

給料を下げるなと訴えることは大事ですが、足元の生活水準を改めて確かめるのもひとつの方法です。昨今の事情を見れば分かる通り、お金があっても物が買えない時代がすぐそこまで迫っています。高度成長の恩恵を享受していた時代の日本を懐かしく思う一方、ここで立ち止まって「倹約」という言葉の意味を考えてみることも大切ではないか――と感じた次第です。

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