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2008/08/12

8月15日への思い(1)

今年6月15日に開催された第59回・全国植樹祭で、本県出身の作家・西木正明さんにお会いした時のことです。その際、戦争の前に首相を務めた近衛文麿氏の長男である文隆氏の生涯を描いたノンフィクションノベル「夢顔さんによろしく」や、本県出身でスペイン公使を務めた須磨弥吉郎氏による戦前の諜報活動などにスポットを当てた現代史ミステリー「梟の朝」など、西木さんの作品を興味深く読ませていただいていることをお伝えしました。

すると、西木さんは大変お喜びになって「8月頃に新刊が出ますよ。内容は戦前の日米交渉の舞台裏なんです」と、こっそり教えてくださったのです。西木さんらしく、非常に奥の深い旬のテーマを取り上げるものだと私は驚き、当時の国際情勢について少しばかりお話しさせていただいたことを改めて思い出します。

昭和20年8月15日、日本は連合国のポツダム宣言を受け入れ、戦争が終わりました。それから63年が経ち、アメリカと戦争をしていたことさえ知らない若者も増えているそうです。しかし、私たちの世代は8月15日が近づくにつれ、「どうして日本は国家の命運を懸けて大国・アメリカと戦わなければならなかったのか。戦争は回避できなかったのか」とつい考えてしまいます。

当時の「日米交渉」は正に、日本とアメリカが戦争に突入するかどうかの、ギリギリのやり取りが交わされた場面でありました。

日米の戦いは昭和16年12月8日、アメリカに対する日本の先制攻撃で始まりました。ハワイオアフ島の真珠湾に終結していたアメリカの太平洋艦隊を壊滅させるため、日本が奇襲をかけたのです。日本はギリギリ直前に宣戦布告することになっていたのですが、日本大使館側が暗号の解読に手間取るなどし、攻撃がその前に行われてしまいました。

この奇襲攻撃は成功を収め、日本はアメリカ太平洋艦隊の戦艦8隻を撃沈、もしくは航行不能にします。あまりの被害にアメリカ国民は驚きましたが、ルーズベルト大統領は「リメンバー・パール・ハーバー」(真珠湾を忘れるな)を合言葉に掲げて世論を喚起。国民の怒りを日本に向けさせ、戦争へと駆り立てたのです。

≪続く≫

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