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2008/09/25

慌しい政局と今後の展望

9月定例県議会が開催されている最中、21日は民主党の臨時党大会、翌22日は自民党の総裁選があったように、慌しい政治日程が続いています。また、民主党は臨時党大会に合わせて全国都道府県検事長会議も開き、それぞれの選挙区の候補者調整などについて党本部とかなり激しいやりとりがありました。選挙直前の緊迫した会議であったと言えます。

臨時党大会には現職の国会議員や公認候補、都道府県の代表など実に1000人以上が集まり、会場を熱気で埋め尽くしました。小沢一郎代表の政権構想が発表される頃にそのムードはクライマックスに達し、政権獲得への意欲がみなぎっていたと思います。

一方、翌日に開かれた自民党大会はどうだったのでしょうか。私がテレビなどで見た限りの感想ですが、時間をたっぷりかけて総裁選候補者が全国を遊説した割には、さほど盛り上がったようには感じませんでした。確かに、最初から勝者が決まっている出来レースのようなものでしたし、国民にもあの「小泉劇場」を眺めていたときのように興奮することはなく、意外にクールであったようです。

いずれ、政党支持率を何パーセントか上げたところで、起死回生のチャンスを作るという目論みは失敗に終わったのではないでしょうか。

さて、麻生政権誕生後の見通しです。私はこの内閣が実に短命で終わると考えています。経済対策を最優先し、政権浮上と自民党の支持率アップをねらっているはずですが、国民の反応は果たしてどうでしょう。

ガソリンの暫定税率に始まって、年金、後期高齢者医療制度、農業、格差、さらには輸入食品や汚染米、リーマン・ブラザース倒産などなど、何もかもが行き詰っていることは明らかです。国民の政治に対する不満が高まる中、硬直化した官僚制度に乗った自民党の政治がこの難局を打開することはできないと思います。

予算編成を根本的に組み替えるとか、明治時代から続く官僚を中心とした統治機構を変えるとか、小沢代表が臨時党大会で披露した政権構想を聞いていると、それが実現できれば日本は大きな歴史の転換点を迎えるという希望が生まれてきました。しかし、それが出来なければ国民はより大きな失望を抱くことは避けられません。

11月選挙の可能性は高まってきましたが「我々国民の1票、1票がこの日本を変えるのだ」ということだけは忘れて欲しくないものです。

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2008/09/15

気がかりな寺田知事の発言

全国学力テストの結果を市町村別に公表するという寺田知事の発言が気になります。結果を公表することによって、それぞれの市町村や学校の間に点数至上主義を植え付け、教育現場が混乱する恐れがあるからです。じっくり深く広く物事を考えさせたり、体を鍛えることを教えたりなど、バランスの取れた子供たちに育てようという本来の教育が、競争心を煽ることによって大きく変化することを私は心配しています。

だからこそ、文部科学省も実施要領で都道府県教育委員会は結果を公表しないと定め、通達を出しているのです。それを敢えて無視し、知事が「私の責任で公表する」というのは理解し難いとしか言えません。また、県の根岸均教育長らが手分けして市町村を訪問し、知事の指示に従うよう説得して歩いているのも異様に見えます。

さらに問題なのは、市町村教育委員会を指揮・監督する直接的権限が知事にないにもかかわらず、法令を無視してテスト結果の公表を強行しようとしていることです。知事といえども、皆で決めたルールは遵守しなければなりません。権力の乱用を防ぐために首長は憲法や法律、条令に基づいて都道府県や市町村を治めなさいというのが、法治国家の原則なのです。

また、県の教育委員会や市町村の教育委員会が、なぜ独立しているのかということをこの際、よく考えてみるべきでしょう。これは「教育権」にもかかわる重要な問題です。これは国や自治体が一方的、かつ強制的に教育の内容や教育の現場に立ち入ってはならない、という考え方に基づいています。だからこそ、教科書の選定・採用も(文部科学省に検定委員会がありながら)それぞれの教育委員会に任せているのです。

教育の方針にしても、基本的には文部科学省の考えや教育行政に沿って行われてはいますが、それぞれの教育委員会や学校、現場の教師たちにかなりの裁量があります。また、教育権については東京教育大の名誉教授だった家永三郎氏(故人)が書いた日本史の教科書の検定をめぐり、国と争った歴史を忘れてはなりません。

家永裁判は検定が検閲か否かを争うものでしたが、その本質は「教育権は国にあるのか、それとも国民にあるのか」を問うものであったと思います。戦前の教科書が国家統制の下で作られ、天皇の神格化と軍国主義に貫かれ、日本が世界の中で孤立してついには国家そのものが滅びた―という反省から、戦後の民主主義的な教育制度が確立されたことを今一度、振り返ってみるべきです。

今回の寺田知事の発言は、それくらい大きな問題が潜んでいると言えるでしょう。

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2008/09/08

総裁選に潜む自民の策略

福田首相の突然の辞任、その後の総裁選に向けたすばやい動き。それも、民主党の代表選挙に照準をピタリと合わせてきました。長年にわたって権力を維持してきた自民党のしたたかさは、このシナリオを見ればよく分かります。正直に申し上げると、無競争の民主党代表選はよほど上手にやらないと、自民党総裁選の影に隠れてしまいかねません。

何もかも行き詰ってしまい、国民からも見放されようとしているこの崖っぷちで起死回生を図ろうというのでしょう。この自民党の策は、小泉首相を誕生させた時によく似ています。当時は支持率10パーセント以下に落ち込んでいた森内閣でしたが、小泉内閣に変わった途端、支持率が80パーセント以上に跳ね上がりました。

現段階では、今度だけはあのような現象は起きないと思いがちです。これだけ国民が自民党政権に不信を抱き、国民が怒り狂っているのに、どんな手を使ってもそれほど流れが変わるはずはない、と。実は私もそう思いたいのです。しかし、これから9月22日まで毎日のようにテレビや新聞が総裁選を報じることを考えれば、国民の反応はたちまち変化するかもしれません。

特に、人気上々の麻生氏と女性の小池氏というタレント性の強い2人が取り上げられると、国民も目を奪われてしまうでしょう。大衆社会の人々は、冷静に物事を考えてじっくり批判するということに余り慣れていません。そして、メディアは人々の感情にストレートに訴えてきます。メッセージの繰り返しに人々は慣らされ、思考力を鈍らせてしまうのです。

今、この国は年金や医療、経済、格差などなどの政治問題を抱えています。このことを一時でも忘れさせ、国民の目を総裁選に釘付けにして、その勢いで選挙になだれ込む。こうして自民党の支持率を一夜にしてアップさせるという作戦が再び成功するのかどうか。

私たちは「郵政民営化」というたったひとつの政策を突き付けられ、小泉氏の「劇場政治」に踊らされたという過去を決して忘れてはなりません。

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2008/09/03

福田総理の辞任と次の選挙

何もかもびっくりです。安倍総理の時と同じことの繰り返し。まさか一国の総理があのような形でまたしても辞任するとは、いったい誰が想像したでしょう。理由はどうあれ、日本の政治が地に堕ちたといっても決して過言ではありませんし、諸外国に対するイメージダウンも計り知れないと思います。驚き、呆れたというのが私の率直な感想です。

内閣改造をやって政権を建て直そうとしたものの、何もかも行き詰ってしまい、さらには臨時国会を乗り切ることさえ危ぶまれていました。解散しようにも支持率が低迷し、自分の手ではできないという判断があったのでしょうか。しかし、次の総理が自民党に誰になってもそれほど好転が見込るものではありません。

既得権益を守ろうという自民党内の抵抗勢力と、構造改革をとにかく進めようというする勢力の凄まじいまでの綱引きがあったことに加え、連立を組む公明党に自民党を突き放そうという最近の動きが絡み、二進も三進もいかない状態にあったことは容易に想像されます。また、年金やガソリン、後期高齢者医療制度、物価高など国民の生活に直結した懸案が何ひとつ解決できず、国民の怒りは爆発する寸前です。そこで政権を放り出してしまうのですから、呆れるしかありません。

特に、格差にあえぐ地方は農業も商工業もダメになってしまい、雇用不安が広がっています。生活がどんどん厳しくなる一方では、政権政党への不満が高まるのは当然のことです。次の選挙では、今の政治に対する不満が表面化し、雪崩をうって野党に支持が集まるものと予測されています。

しかし、それでも際どいところで自公連立も民主党も過半数を獲得できないという状況も考えられます。そうなれば、両者の政権をめぐるせめぎ合いはさらに激化するでしょう。ただ、ここで考えなくてはならないことは、単なる数合わせではなく、特に野党第一党である民主党の政策が、自公連立との対決軸を国民に対して明確に示せるかどうかです。国家としての日本の姿・形をはっきり示し、進むべき方向を打ち出す必要があると私は考えます。

そして、政策を実現するためには、既得権益を守ろうとする官僚を組み伏せることができるかどうかも大きな課題となります。彼らに屈してしまえば、たちまちのうちに国民から見放されてしまうのは明らかです。その意味で、民主党は選挙に勝つことに加え、これらの事柄にも今から充分気配りしていかなくてはなりません。

いずれにしても、次の選挙は時代を変え、歴史的に大きな意味合いを持つ戦いになることだけははっきりしています。

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