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2009/03/12

異例だった2月定例議会

3期限りでの引退を表明した寺田知事にとって、在任12年を締めくくる最後の議会でしたが、何もかもが異例でありました。

県側から出された平成21年度の予算案は、議会によって6つの事業で減額され、1つの事業で増額され修正案が全会一致に近い形で通りました。また、地域振興局の再編にかかわる条例案は3度目の否決となりましたし、人事課を知事公室へ移す条例案も事前に取り下げられました。

かつて私が県議会に当選したばかりの頃、先輩議員から知事が議会に提案する予算は厳格であり、それを修正するというのは知事の権威にかかわることなので、滅多にやるものではないと教えられました。それほど知事の存在は重く品格があったということです。

ところが、寺田知事になってからは議会が予算の修正や取り下げを迫るのは毎度のこととなっていました。寺田県政を振り返ってみて感じるのは、議会とは対決してきた12年だったということです。

その背景のひとつに、寺田知事が事前の話し合いを一切せず一方的、かつ唐突に予算や条例を押し通してきたことが挙げられます。強硬に抵抗されると分かっていても、寺田知事はその手法を変えず何度でも提案してきました。

議会は議論する場所なのですが、寺田知事はそれを軽視していたようにも感じます。その反面、寺田知事は県民との直接対話を議会の頭越しに何度も繰り返しました。子育て新税導入のときも正にそうです。その上でマスコミを上手に使い、記事にさせて県民世論を形成するというのが寺田知事のやりかたでした。

私は、寺田知事ほどメディア戦略に長けた人はいなかったと思います。その面においては、あの小泉首相にもよく似ており、世論を操る魔術師のようにも見えました。他の議員はその辺に気付いていたかどうか分かりませんが、私自身はその手法に対して早くから警戒を怠りませんでした。

ともあれ、当選直後に食糧費問題を一挙に片付け、秋田県庁の大改革を成し遂げ、さらには行政改革や県財政の再建、少し強引でしたが市町村合併を推進し、全国的に注目されている国際教養大学の設立などの業績を残したことも忘れてはなりません。

本当に長い間ご苦労様でした。

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