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2009/04/24

佐竹県政へのスタンス

12年続いた寺田県政が終わり、佐竹県政がスタートしました。私たち民主党が選挙で対抗馬を応援したこともあり、ここ最近はマスコミ各社や周辺の皆さんから「高松さんたちはどんなスタンスで今後の県政に臨みますか?」とよく聞かれます。私はそれに対して「それほど堅く考える必要はないでしょう」と答えています。

選挙は選挙です。しかし、終わってしまえば敵味方なく、議会人として毅然とした行動を取ればいいと私は思います。私は寺田県政時代は与党議員のひとりでしたが、後半は議会で厳しく対峙してきました。あの子育て新税にせよ、地域振興局の再編にせよ、明確に反対の態度を示しましたし、新年度予算についても原案否決・修正案賛成の立場を取りました。

ところで、自民党は今回の補欠選挙で当選した3氏を加えて、45の議席のうち過半数の26を占める大所帯となりました。これで、正副議長はもちろんのこと、常任委員会の委員長ポストも5つのうち4つまでを占めることになるでしょう。つまり、予算案であれ条例案であれ、自民党会派がやろうと思えば何でも通すことが可能となります。

もし、その自民党に押されて他の小会派が飲み込まれてしまうと、県民の皆さんから「オール与党化」とか「馴れ合い」といった批判を受ける恐れもあります。この辺りのバランスを議会はどう取っていくかが問われます。また、与党であっても是は是、非は非として毅然とした対応をしていくことが非常に大事であろうと思いますし、県民世論もこの点に注目することになるのではないでしょうか。

さて、前知事の寺田さんは議会とは対決姿勢で向き合うことが多く、ひと言で表現すると、力で押しまくるタイプでありました。一方、新知事の佐竹さんは記者会見などで議会に対しては「対話型」で望むと宣言しております。これはもちろん、結構なことです。さらに、佐竹さんは「議会と対話することで反省点も出てくるし、それを政策に反映できる」と言っております。私もそこが大事であると思います。

政策立案の段階で議会の意思を反映させるという手法は、議会制民主主義の基本です。私が議会に入ったばかりのころ、先輩議員からは「議会は余計なことをしなくていい。チェック機能だけはしっかりやれば良いのだ」と指導されたものです。しかし、その当時と今では地方の政治状況は大きく変わりました。

地方分権が進み、国の機関の委任事務も大幅に減少し、行政と議会が一体となって地域の政策を立案する時代です。その意味においても、佐竹知事の対話型の柔軟な姿勢に期待したいものです。

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2009/04/19

注目を集める選挙協力

民主党と社民党・連合がねじれ状態で戦った秋田県知事でしたが、次の衆議院議員選挙は果たしていっしょに戦えるのか否か、有権者の皆さんの注目を集めております。少なくとも、私は非自民の三者が足並みを揃えて力を発揮するものと信じています。

今回の知事選を振り返ってみますと、川口さんの敗因はやはり、民主党の支持層を充分にまとめ切れなかったことが挙げられるのではないでしょうか。

県内の民主党支持票は平成17年9月の衆院議員選挙の際の比例で19万8984票でした。そして、同19年7月の参院議員選挙の比例では、およそ21万票にまで伸びています。今回の地元紙の出口調査の結果を見ると、川口さんは民主党支持層の62.5パーセントしかまとめていないことが分かります。

これは、連合傘下の労働組合の票が佐竹さんらに流れたからと見るべきです。もし、仮に民主党がもう20パーセント上積みすることができたならば、勝敗は逆転していたと思われます。今回の選挙結果を分析すると、次の衆議院議員選挙はやはり三者の力を結集することが最優先課題となります。

今月25日、私たち民主党は常任幹事会を開催します。そこでは今回の知事選の結果を総括するとともに、次期衆議院議員選挙への取り組みも含め、社民党・連合との関係修復をどうするかを話し合うことになるでしょう。

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2009/04/15

秋田県知事選の顛末

激しい選挙戦となりましたが、結局は佐竹さんが川口さんを56.810票以上の差をつけて当選しました。川口さんは県北で圧倒的な強さを発揮したものの、県南では大差をつけられ、県都・秋田市では最後はかなり追い上げたものの、追い抜くには至りませんでした。

佐竹さんの勝因はやはり知名度だと思います。「佐竹の殿様」というイメージは広く県民に定着していますし、秋田市長として2期を務め、全国市長会長という肩書きもプラスになったでしょう。敗れた川口さんは準備期間も短かったこともありますし、知名度不足が最後まで響きました。特に県南や秋田市では充分に浸透を図れなかったように感じます。

それにしても、今春の知事選は「自民対非自民」の対決という従来の分かりやすい構図ではなく、対立軸がねじれにねじれた複雑なものでした。

そもそも川口さんが出馬することになったのは、昨年12月頃に引退間際の野呂田さんが、御法川さんと民主党の寺田代表を巻き込む形で擁立に動いたのがきっかけでした。民主党は内部で議論を重ねて川口さんに出馬要請を行いましたが、自民党や社民党は川口さんを寺田知事の後継と見て支援を渋りました。そして、両党は消極的ながらも佐竹さん支持に回ったのです。

また、職員給与の引き下げなどをめぐって県職労と知事との関係がぎくしゃくしたこともあり、連合も寺田知事とは3期限りで区切りをつけたいとし、佐竹氏の支援に回りました。

結局、今回の知事選は県政運営の方針や政策を争点としたというよりも、底流には寺田か反寺田に置き換えられてしまった面もあったと思います。この流れは川口さんの陣営に影響を及ぼし、政党隠しや寺田色の打ち消しに躍起になりました。このため、寺田知事や寺田代表の登板を望む声は陣営内から上がらず、「県民党」のイメージをより強く打ち出していく手法を取ったといえます。

しかし、選挙の中盤に報じられた世論調査の結果で佐竹氏の優位が伝えられ、選対では慌てて寺田知事や寺田代表に支援を期待する動きとなったのですが、既に寺田知事はすっかり冷めてしまい、寺田代表も横手での個人演説会以外は表にでることはなかったのです。この辺りについてもう少し双方が歩み寄りうまく戦略を練ることができれば、逆転の可能性が十分あったのかもしれません。

ところで、佐竹さんの陣営でも後半は川口さんの追い上げに危機感を抱いていたようです。ある参謀は「寺田知事や、息子の寺田代議士が動けば逆転されていたかもしれない」と振り返っていたとも聞きました。選挙には時の流れや、勢いというものがありますが、それを見極めて戦略を組み立て、選挙をどう進めていくか、それが少し変わるだけで、結果が大きく違ってくるのではないかということをつくづく感じた選挙でした。

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2009/04/05

ミサイル発射への過剰反応

この度のミサイル騒動に半ばあきれています。発射した、しないで2度も誤って情報を流してしまうなど、日本の防衛はいったいどうなっているのかと不安になります。全くお粗末ですし、世界中に日本の防衛体制の弱さをさらけだしてしまったようなものです。これは責任者が謝って済む話ではありませんし、国家の存在そのものに関わってくるのではないでしょうか。

また、今回の件では政府はもちろんのこと、マスコミも大げさに騒ぎ過ぎたのではないかという思いもあります。連日の報道のとばっちりを受け、秋田県では知事選も前半はしらけ気味でした。もちろん、日本の上空を北朝鮮のミサイルが通過するというのは由々しき問題です。しかし、これに対処するためのイージス艦、迎撃ミサイル「パトリオット3」の配備は粛々と進めれば済むことです。

政府はむしろこれを必要以上にあおり立て、マスコミも大げさに取り上げていたような気もいたします。国民の関心をミサイルに釘付けにし、年金問題などいくつもの失政から目をそらそうとしたのではないか、と勘繰りたくもなります。事実、世界の歴史を振り返ってみると、時の政府(権力者)が内政で大きな失敗をしたり、国内が混乱して収拾がつかなくなると、近隣の国との対立をことさら宣伝し、場合によっては戦争を起こすこともありました。これは、外に敵を作って国民の不満の矛先を向けさせるやり方です。権力者によるこうした誘導に乗ることなく、我々国民はその思惑を見抜かなくてはなりません。

今回のミサイル発射の件について「神風が吹いたようなものだ」などと発言した自民党の国会議員もいたようですが、いい加減にしろと言いたくもなります。

ともあれ、隣に世界の潮流からまったく外れている異質の国家が存在しているということだけは、忘れてはならないと思います。

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