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2009/04/15

秋田県知事選の顛末

激しい選挙戦となりましたが、結局は佐竹さんが川口さんを56.810票以上の差をつけて当選しました。川口さんは県北で圧倒的な強さを発揮したものの、県南では大差をつけられ、県都・秋田市では最後はかなり追い上げたものの、追い抜くには至りませんでした。

佐竹さんの勝因はやはり知名度だと思います。「佐竹の殿様」というイメージは広く県民に定着していますし、秋田市長として2期を務め、全国市長会長という肩書きもプラスになったでしょう。敗れた川口さんは準備期間も短かったこともありますし、知名度不足が最後まで響きました。特に県南や秋田市では充分に浸透を図れなかったように感じます。

それにしても、今春の知事選は「自民対非自民」の対決という従来の分かりやすい構図ではなく、対立軸がねじれにねじれた複雑なものでした。

そもそも川口さんが出馬することになったのは、昨年12月頃に引退間際の野呂田さんが、御法川さんと民主党の寺田代表を巻き込む形で擁立に動いたのがきっかけでした。民主党は内部で議論を重ねて川口さんに出馬要請を行いましたが、自民党や社民党は川口さんを寺田知事の後継と見て支援を渋りました。そして、両党は消極的ながらも佐竹さん支持に回ったのです。

また、職員給与の引き下げなどをめぐって県職労と知事との関係がぎくしゃくしたこともあり、連合も寺田知事とは3期限りで区切りをつけたいとし、佐竹氏の支援に回りました。

結局、今回の知事選は県政運営の方針や政策を争点としたというよりも、底流には寺田か反寺田に置き換えられてしまった面もあったと思います。この流れは川口さんの陣営に影響を及ぼし、政党隠しや寺田色の打ち消しに躍起になりました。このため、寺田知事や寺田代表の登板を望む声は陣営内から上がらず、「県民党」のイメージをより強く打ち出していく手法を取ったといえます。

しかし、選挙の中盤に報じられた世論調査の結果で佐竹氏の優位が伝えられ、選対では慌てて寺田知事や寺田代表に支援を期待する動きとなったのですが、既に寺田知事はすっかり冷めてしまい、寺田代表も横手での個人演説会以外は表にでることはなかったのです。この辺りについてもう少し双方が歩み寄りうまく戦略を練ることができれば、逆転の可能性が十分あったのかもしれません。

ところで、佐竹さんの陣営でも後半は川口さんの追い上げに危機感を抱いていたようです。ある参謀は「寺田知事や、息子の寺田代議士が動けば逆転されていたかもしれない」と振り返っていたとも聞きました。選挙には時の流れや、勢いというものがありますが、それを見極めて戦略を組み立て、選挙をどう進めていくか、それが少し変わるだけで、結果が大きく違ってくるのではないかということをつくづく感じた選挙でした。

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