« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009/06/29

迷走する自民党と東国原知事

ここ最近の政局を見ていて感じるのは、自民党と民主党の攻防が激しさを増しているということです。互いを批判し、いわゆる暴露合戦になっているようにも見えます。しかし、それ以上に泥沼となっているのは自民党内かもしれません。このままでは衆院選は戦えないとして、麻生下ろしを画策する勢力と、麻生総理のまま解散に踏み切ろうという勢力が激しい綱引きを演じています。その中にあって、特に注目すべきは古賀選対委員長の行動です。

先日、人気の高い東国原宮崎県知事に対して衆院選挙に立つよう打診した件は、多くの国民を驚かせました。まだ1期も務めていない知事を国政選挙に立てようという古賀氏もどうかと思いますが、東国原知事が「全国知事会の提言をマニフェストにすること」「自身が総裁選候補となることを認めよ」という2つの条件を提示したのですから騒ぎがさらに拡大したのは当然でしょう。もちろん、自民党内にはこの東国原知事の態度に反発する意見も出ています。これは、東国原知事に足元を見られたに等しく、自民党側の反応は当然かとも思います。

仮に、自民党が東国原知事の条件を飲むことになったら、それこそ日本の将来は危ないと私は思います。いくら東国原知事の人気が高いと言っても、総理総裁はそれだけで務まるポストではないのです。戦後の歴代総理たちを眺めてみればお分かりになると思いますが、いずれも官僚や国会議員としての経験を長く積んだ方々です。ましてや、今の日本は国内外とも難しい局面を迎えており、ちょっとしたミスが命取りとなりかねません。その点において、東国原知事にはいささか不安を感じずにはいられないのです。

民主主義という制度は、冷静かつ正しく物事を判断できる健全な世論を前提としています。しかし、マスメディアが極度に発達している現代社会においては、過剰な情報の提供が国民に冷静な判断してもらうための余裕を与えません。特に視覚に訴えるテレビ報道等によって、受け手の大衆は情緒的に判断してしまい、ひとつの方向に走り出してしまうケースも多々あります。例えば、小泉元総理が「自民党をぶっ壊す」と訴え、国民を熱狂させたのはその典型でした。

国民の圧倒的支持を得た小泉元総理は、郵政民営化に反対する自民党議員を公認せず、それぞれの選挙区に刺客を送り込みました。その手法は国民をテレビに釘付けにし、あの歴史的大勝利を得る原動力となったのです。東国原知事はもともとタレントでしたし、小泉元総理のようにマスコミを上手に使い、大衆を熱狂させる術をよく知っているのではないでしょうか。

私自身も東国原知事のタレント性については、少なからず好感を持っています。彼の巧みな宣伝が宮崎県を全国に売り込んだのは事実ですし、県民から高い支持を得ているのも頷けます。しかし、東国原知事はまだ1期目の途中です。選挙の際の公約を果たしていこうという段階で県政を放り出し、自民党の総裁候補になるという話は、やはりジョーク程度にとどめておかれたほうが良いのではないかと思った次第です。

| | トラックバック (0)

2009/06/22

若者よ、失敗を恐れるな

経済的に繁栄し、誰もが豊かさを実感している時代、社会は活気がみなぎり、若者たちも自信に満ちています。ところが、今日のように国内全体が不況に覆われ、地方の衰退が著しい時代、社会からは活気が失われ、若者たちも萎縮して希望を見失ってしまいます。これは、この国にとって大きな損失です。

私は現代の若者の奮起こそが、この国を再生する大きな力になると信じています。どんな時も希望を捨ててはなりませんし、失敗を恐れず前進して欲しいと心より願っています。そうすれば、道は必ず開けるのです。

私も若い頃は後先を考えず突っ走り、失敗と挫折を何度も味わいました。

33歳の時、風呂敷包みひとつで郷里に突然戻り、能代市の市長選に出馬したことなどはその最たるものでしょう。その選挙は県議会議長を務めた実力者(地元商工会議所の会頭職にも就いておられた方です)との一騎打ちで、勝負になりませんでした。今となってみれば、ずいぶん無謀な挑戦をしたものだと呆れてしまいます。

また、私も今で言うところのフリーターを長く経験しています。将来の見えない暮らしに半ば絶望しかけてたこともありましたが、それでも夢だけは持ち続けました。諦めたら人生はおしまいだと考えて踏ん張った結果、30代の後半になってようやく道が開けたのです。

この兄のせいで、弟にもずいぶん迷惑をかけました。私が市長選に立った当時、弟はまだ28歳。私の応援のために務めていた会社を辞め、選挙用に購入したコロナマークⅡに乗って秋田に戻ってきたのが、苦難の始まりであったと思います。事実、弟は「いくら兄貴のためとはいえ、これは犠牲が大きすぎるよ」とよくぼやいていたものです。

選挙に敗れて東京に戻るときはガソリン代すらなく、途中途中でアルバイトをしながらようやく帰ることができたと後から聞きました。弟はその後、国会議員の秘書などいくつも仕事を変え、50歳頃に机ひとつで事業を始めました。これが成功し、現在はこの不況にもかかわらず数百人の社員を抱えるIT関連の会社を堅実に経営しております。

このように、人生は山あり谷ありです。手堅くコツコツと生きるのも人生ですし、私や弟のように初めからサイズが世の中に合わず、難儀しながら生きるのもまた人生です。そのどちらを歩むにしても、若い人たちは失敗を恐れず、勇気と希望を持って将来を切り開いていただきたいと思っております。

| | トラックバック (0)

2009/06/16

統治能力を失った麻生総理

16日、新聞各紙がいっせいに麻生内閣の支持率急落を報じました。

麻生内閣を「支持する」「評価する」とした回答は、共同通信17.5パーセント・朝日新聞19.0パーセント・読売新聞22.9パーセント・毎日新聞19.0パーセント。逆に「支持しない」「評価しない」とした回答はそれぞれ、70.6パーセント、65.0パーセント、67.8パーセント、67.0パーセントに達しています。この数字を見る限り、国民の7割前後が麻生内閣を見放しているということになるでしょう。

支持率がこれほど急落した原因ははっきりしています。それは日本郵政の社長人事を巡るゴタゴタです。麻生総理は鳩山邦夫総務大臣と西川善文日本郵政社長の間で揺れ動き、どちらのクビを切り、どちらを続投させるかの判断がまるっきりできず、事態をずるずると引き延ばしてきました。そして、鳩山大臣の更迭です。国民の目には決断がない麻生総理の姿が焼き付けられ、筋を通した鳩山氏は英雄視される結果となりました。

麻生総理の決断力不足は、「給付金」でも同様です。自公政権維持のためとはいえ、世紀の大愚策と評される給付金を実行しましたが、1兆円規模のばら撒きが後々大きな負担となって国民生活にのしかかってくるのは明らかです。多くの国民は「頂けるものなら頂こう」とチャッカリしておりますが、結局は税負担となることが分かってしまったので誰もそれほど喜びはしません。

批判が集中したことから、ばら撒きが終わる「6月か7月には効果が出てくる」と麻生総理は解弁していましたが、景気が浮揚しそうな気配はいっこうにありません。さらに、15兆円近い今年度補正予算にしても、各省庁が中身を吟味して積み上げたものではないのです。初めから補正予算ありきであったことは、アニメの殿堂なる施設に100億円以上の税金を注ぎ込むという計画からも浮かび上がって来ます。麻生総理はマンガ好きで知られておりますが、これなどは発想そのものがマンガチックと言わざるを得ません。

こうした補正予算ではありますが、それぞれの分野では一時的に効果を上げるかもしれません。しかし、長期的に見れば日本全体の景気を底上げするような経済対策とはとても言えないと思うのです。この対策の予算はまるっきりは借金なのですから、ツケが後から国民に回されることだけははっきりしています。

話を世論調査に戻します。共同通信が6月6~7日に行った調査では、「今の政治に満足しているか」という問いに対して「あまり満足していない」が62.4パーセント、「まったく満足していない」が20.3パーセントという結果でした。つまり、合わせて8割以上の国民が政治に対する不満を口にするという状況です。すなわち、今の麻生政権を支えているのは国民の1割から2割に過ぎないということです。

そんな一部の人たちのためにこの政権の延命を図ることに大方の国民はもうあきあきしています。麻生総理は大多数の国民の支持を失っていることを真摯に受け止め、潔く退陣する時であるといえます。

そして、調査結果はさらに厳しい現実を突き付けています。例えば、「今の政治で何が問題だと思うか」との問いに対して、63.0パーセントが「税金の無駄遣い」、27.0パーセントが「国民の意見が反映されない」、21.0パーセントが「年金記録に見るような行政の怠慢」を上げました。これを一言で表せば、「予算の行使に納得できない」「自分たちの望む政策は実行されていない」ということです。

突き詰めれば、歴代内閣の政策が失敗の連続であり、国民の意思が全く政治に反映されていないという事でしょう。そして、これを支えてきた自民党の人気も凋落しています。共同通信の調査は政党支持率についても明らかにしていますが、これによると自民党を支持するとしたのは19.8パーセント、対する民主党は38.5パーセントでした。

朝日新聞の調査でも同様の傾向が示されており、政党支持率は自民党が22.0パーセント、民主党が29.0パーセント。仮に「いま投票するなら」として聞いた衆院比例区の投票先では、民主党が43.0パーセントとさらに支持を伸ばし、自民党の23パーセントを大きく引き離しています。

結論を申し上げると、こうなれば政権交代しかないでしょう。いかなる延命策を弄したところでこの数字をひっくり返すのはほぼ不可能です。民主党が政権を取るということは、すなわち民意であります。大多数の国民の意志を政治に反映させるという民主主義の大原則を国会議員はもちろん、国民の皆さんにも改めて見つめ直していただきたいと心より願っております。

| | トラックバック (1)

2009/06/15

分かりにくい割引制度

世の中には、分かりにくい料金体系というものが意外と多いようです。先日は、航空運賃にそうした思いを抱きました。

秋田空港から羽田空港の航空運賃は通常、2万2400円となっています。ところが、ある割引制度を使ってチケットを早期購入すると、これが1万6800円という値段に下がります。65歳以上のシニアにも割引制度が用意されており、これを利用した場合は1万2100円で購入できます。通常料金の4割引きと聞けば、誰もが底値と思います。ところが、ある航空会社には空席を格安で提供する制度があり、これを利用すると半額以下の9100円になります。いわゆる空席のバーゲンセールです。

ただし、これは申し込みの際に注意しなければならない点があります。というのも、この割引が適用されるのは空席がある場合に限り、当日を含めて出発日の3日前までにチケットの予約を申し込んいることが条件です。その上で、搭乗当日に空席があればカウンターでこの割引制度が利用できるという仕組みです。予約ではなく、チケットを購入した場合はこの割引制度は基本的に利用できません。

「どうしても」という場合は、既に購入した席をキャンセルして申し込むことになります。ただし、この時にキャンセルのための諸経費(合計2450円)が発生しますので、数百円が浮く程度です。もちろん、この方法でいくらかでも安くチケットを買うという方法もありますが、その手間を考えると二の足を踏む方が多いと思います。

先日、私はこの空席の割引制度を初めて知り、実際に利用しようとしたところ、あれこれ条件があることを教えられました。前述したように、既にチケットを買っていた私はそれを解約し、手数料を払わなければいけなかったのです。残念ながらその点についての最初の説明が不足していたこともあり、カウンターで行き違いが生じてしまいました。飛行機に乗り慣れている私から見ても、これは実に難しくて奇妙な割引だと思います。というのも、購入もしくは予約したチケットを当日解約してわざわざ空席を作り、それを安く買い戻すという形になるからです(改めて説明を聞き、私はこのように受け止めました)。

しかし、航空運賃の分かり難さなどは序の口なのかもしれません。世の中を見渡せば、本当に安いのかどうかがよく分からない割引制度はたくさんあります。

その最たるものは、地方圏の高速道路を休日に限って乗り放題1000円(2年限定)にした自民党の景気浮揚対策でしょうか。1000円乗り放題としながらも首都高速などは適用外となるため、ルートによっては支払額が1000円を大幅に超える場合もあります。また、この恩恵に与かるのは行楽目的のドライバーが中心です。結果として行楽地に向かう公共交通機関は乗客数が落ち込み、売り上げの減少に苦慮しているという話も出ています。

これは、高速道路の無料化をマニフェストに盛り込んだ民主党に対抗したものであることは明らかです。もっとも、「1000円乗り放題」という魅力的な宣伝文句とは裏腹に、割引の対象が限定的であることは否めません。どうしても高速道路を利用しなければならない人たちの多くはそのメリットを享受できませんし、景気浮揚という面から見ても大いに疑問があると言わざるを得ないのです。

これらの制度ももちろんですが、国民が本当に求めているのは政治の分かりやすさです。本当にこの国の未来を考えたとき、何が必要なのかを真剣に考えなくてはいけません。選挙をにらんで、与党は国民の鼻先にエサをぶら下げることに腐心してきましたが、多くの方はそのまやかしに気付いていると思います。このまやかしを良しとしてこの政権を維持させるのか、あるいは見切りをつけるのか。次の衆院議員選挙では、この判断が国民の皆さんに求められることになるでしょう。

| | トラックバック (0)

2009/06/08

「アメリカの時代」の終焉

20世紀はあらゆる面において「アメリカの時代」であったと申しても過言ではありません。政治、経済、軍事などいずれの分野でもアメリカは世界の中で抜きん出ていました。とりわけビッグ・スリー(フォード、GM、クライスラー)に代表される自動車産業と石油産業は、アメリカの経済力を象徴するものであったと思います。

フォードが同一デザイン、黒一色のT型を大量生産方式で市場に送り出したのは1908年。以後、この車は低価格を武器にアメリカの一般大衆に広く普及しました。一方、GM(ゼネラルモーターズ)は所得に応じて選べるように大衆車から高級車まで車種を揃え、青や赤などの原色を使って差別化を図り、瞬く間に急成長したのです。そのGMの高級車であるキャデラックはアメリカの富を象徴し、それに乗ることはステイタスシンボルでありました。

昭和30年代の半ばに私が上京した頃、東京に住む親戚は確か国産のダットサンやオースチンのぽんこつに乗っていました。田舎育ちの私はそれに乗せてもらうのを楽しみにしていたものです。そんな私をさらに驚かせたのが、みすぼらしい国産車を尻目に駆け抜ける大型のキャデラックでした。当時はその羽を付けたような流麗なデザインに度肝を抜かれ、「アメリカというのはずいぶん豊かな国なんだなあ」と思ったものです。

今回、そのキャデラックを生産・販売していたGMが倒産し、国営化されるのです。しかも、ビッグ・スリーの一角であったクライスラーも4月に破綻しており、残るフォードの経営も厳しい状況にあります。アメリカが世界に誇ってきた自動車産業がこうして崩壊しているということは、アメリカの経済が衰退の一途をたどっていることを意味しているのではないでしょうか。

かつて、大英帝国は7つの海に乗り出して広大な植民地を支配し、世界一の大国として君臨していました。しかし、19世紀末のビクトリア女王の時代を頂点に繁栄に翳りが見え始め、その後100年以上をかけて序々に衰退してきました。アメリカは彗星の如く現れたエネルギッシュな大統領・オバマ氏によって、奇跡的に立ち直る可能性もあります。ただし、20世紀に築いたと同様の繁栄を取り戻すことは到底できないと思うのです。大帝国と同様にアメリカも序々に長い時間をかけて衰退していくでしょう。

21世紀はおそらく、アメリカに代わって中国やインドなどの新しい国家が世界をリードしていくことになるでしょう。

| | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »