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2009/07/27

衆院解散・総選挙の意味(2)

日本は戦後復興を短い期間でなしとげましたが優秀な官僚と政治家の役割は、非常に大きなものがありました。あの廃墟の中から国民もまた、希望を持って立ち上がり、歯を食いしばって今日の繁栄を築いてきたのです。

政治的には封建主義と軍国主義を捨て、新しい憲法の下で自由・平等と平和を掲げ、他方では経済至上主義の政策を進めてきたことで、この国が豊かさを手にしたことも全く間違っていなかったのです。

1960年、池田内閣が所得倍増計画を掲げたあたりから日本は年々驚異的な経済成長をとげ、国民の所得は上向き、未来への夢と希望を皆持つことができたのです。そして「一億総中流化」という言葉さえ流行し、大方の国民は中流意識さえもつに至ったのです。

しかし、今の日本はどうでしょう。中流どころか懸命に働いてもまともな暮らしができない、非正規雇用の労働者があふれているのです。働く場所を与られず、老後の最低限の生活さえ保障できないようでは、国家としての役割を果たしてないと思うのです。

又、今のような状態の中で、自民党と官僚に「変化」を期待するほうがもう無理なのです。国家とは国民の安全を守り、平和を維持し、最低限の暮らしを国民に保障しなければなりません。世界が大きな変化を遂げ、国内のありとあらゆる制度や政策が行き詰まりを見せているのに、これを放置して抜本的解決を図らず、ただただ先送りにしてきた結果が今日の事態を招いたのです。

8年前小泉政権が成立した時、国民は熱狂的に小泉首相を支持したのです。小泉内閣の看板である構造改革と新自由主義の政策は日本を改造し、より発展させてくれると期待させたのです。しかし、この政策は一面では成功したものの性急過ぎたため国内を混乱させ、格差等いろんな問題を抱える事になったのです。

小泉首相を始め、歴代総理と官僚トップの責任は誠に重大であると私は考えます。そして、ひとつの政党の政策が失敗に終わったとき、政権を交代して野党が政策の転換を図るというのが政党政治の原点なのですから、自民党と公明党はいったん野に下り、政権を明け渡さなければならないはずです。それを国民に信も問わずズルズルと内閣を何回も変えてきたのです。

与党は野党には政権担当能力がないから、政権は渡せないからと言いますが、これは政権にしがみつきたいがための言いがかりに等しいのではないでしょうか。アメリカでもイギリスでもフランスでも、先進国はほとんど野党がスムーズに与党に変わっても政権をしっかり運営しています。日本の民主党だけはその能力がないとする主張は、根拠のない的外れな批判と言わざるを得ません。

野党の経験不足は当然のことです。しかし、いったん政権を担当して与党となれば、この国の政府機構と一体になり、それを動かしていくことになります。逆に自民党が野に下ってしまえば、政府機構から離れそうした力を一挙に失ってしまい、有権者から見れば「力のない野党」になってしまうのです。例えば予算編成権等を見れば一目瞭然です。

次の選挙は大きな「変革」を伴う政権交代のための選挙です。新たな政権の失政を選挙の前から心配する必要などありません。この国をなぜ変えなくてはいけないのか、そして変え得るのはどの政党なのか。それをじっくり考えて、選挙に臨んでいただきたいと思います。

※写真下は、7月24日に秋田駅前で演説を行った民主党の菅直人代表代行。Kan200907

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