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2009/09/27

「民主党は大丈夫か」に答える

自民党系(保守系)の皆さんから「民主党は様々な約束をしたが、できるわけがない」「社民党と連立していたら、安全保障や外交の問題で行き詰まるだろう」「財源のアテもないのに、大盤振る舞いをして大丈夫か」など、厳しいご批判をいただくことがあります。しかし、ご心配には及びません。

例えば安全保障や外交については、鳩山総理の訪米で大半の国民は不安を解消できたのではないでしょうか。オバマ米大統領との会談では、今後も日米同盟を大事にしていくことを確認し合いました。日本が米国と安保条約を結び、それに伴う地位協定もその都度改正を求めていくのは当然のことです。また、沖縄の基地移転問題も日米間でじっくり協議を重ねれば、極東の戦略体制を損なわない限り決着することだと思います。

余談ですが、昭和35年に岸内閣が安保条約を改正しようとしたとき、日本の国内は騒然となりました。岸総理は日本側にとって不利な条約を対等な条約に改定しようとしたのであり、今にして思えば、なぜあれほど反対の嵐が吹き荒れたのか―と首を傾げたくなる部分もないではありません。

話を鳩山総理の外交デビューに戻しますと、国連における演説は各国から高い評価を受けました。特に温室効果ガスを2020年まで25パーセント削減する(1990年比/中期目標)という宣言は反響も大きく、日本の政権が変わったことを世界にアピールするという点においても大成功だったと言えます。

一方、国内に目を向ければ「財源論」がずいぶん議論されております。要は、国民生活に直結したものに予算を優先して振り分けようということですし、緊急性の低いものや費用対効果の薄い公共事業、あるいは無駄と思われる公共投資を見直し、緊急性と必要性の高い事業の財源に組み替えようということですから、それほど難しい話ではありません。

仮に財源が足りないのであれば、それは借金をすれば済みます。しかしながら、麻生内閣を含めた歴代内閣が余りに借金を重ねてきたこともあり、それは避けようというのが民主党の基本的な考え方なのです。

そもそも、これまでの自民党政権はどうだったのかを考えてみてください。つい最近まで、さんざんやりたい放題を重ねてこの国を借金漬けにし、おかしくしてしまったのはどの党なのでしょう。それを棚に上げて、「お前たちに何ができるのか」「財源をどこに求めるのか」などと批判するのは、まったく奇妙なことだと言わねばなりません。

最後に、高速道路の無料化と農業の所得補償について、私の考え方を述べさせていただきます。

世論調査の結果だけを見ると、国民の多くは高速道路の無料化に疑問を感じているようです。では、どうして高速道路は有料でなければならないのでしょう。むしろ、私はそのことが不思議に思えてなりません。現実に、海外では高速道路を無料で利用できるのが普通なのです。

日本の24倍もの広さの国土を有する米国では高速道路網が整備され、全線無料で走行できるようになっています。フランス、ドイツなど欧州諸国も高速料金はありません。

反対されている方は、高速道路を無料にすることによって色々な障害が生じるとお考えのようです。「高速が混乱するのではないか」とか「二酸化炭素が多くなり温暖化に悪影響を与えかねない」など色々と言われておりますが、一時的にそうしたことが生じたとしても、長期的に見れば国民にとってははるかにプラスだと私は思います。おそらく、高速道路は基本的に無料であるという考え方(諸外国の常識)が日本では浸透しておらず、国民の皆さんも判断が付かずにいるのではないでしょうか。

ちなみに、米国ではガソリン税の税額が極めて低いため、小売価格は日本よりもはるかに安くなっております。日本もガソリン税をすべて廃止し、原油の輸入税を一本化に絞ることで消費者の負担を相当軽減できます。ただ、現在のガソリン税や軽油取引税は貴重な財源になっていますから、簡単に止めるわけにもいかない面もあります。又あまり知られておりませんが石油業界に対する数百億円のキックバックも絡んでおりますので極めて複雑なのです。

農業の所得保障については、生産コストと販売額との差額を何とかしましょう―ということに他なりません。これもヨーロッパ諸国では以前から導入しており、世界的に見れば特に驚くほどの政策ではないのです。日本は逆に、自国の農業を守るための取り組みが遅すぎたと言わざるを得ません。

いずれにせよ、これまでとはガラリと違う政策を打ち出す以上、さまざまな形で抵抗する動きが出てくるのは想定されていたことであります。この国の再生を目指す民主党の挑戦はまだ始まったばかりであり、4年後に国民の皆さんがどのような評価をされるかなのです。

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2009/09/24

この国は本当に変わるのか?

余りにも永い間自民党政権が続き、何回政権が変わっても大した変化もなかったため、「今度もまた、かけ声で終わってしまうのでないか」と思っている国民もずいぶん多いのではないでしょうか。しかし、「今回だけは全く違います。この国は大きく変わります」と申したいのです。

ほとんどの国民が政治に対して抱えていた不信や不満が爆発し、それが大きな期待となって民主党を後押しし、あの大勝利を得たのです。万が一、鳩山政権がこれに応えられなかったら、恐らく次の選挙は大変なことになることくらいは皆わかっております。そしてまた、なぜこれまでこの国の政治を変えられなかったかということも、皆わかっているのです。

政治の理想や哲学も歴史観も持っていない、時代を変革しようとする勇気も持たなかった政治家たち。そして、それ以上に政治の前に立ちはだかってきたのが、明治維新以来続いて来た日本の官僚制でした。つまり、政治家は常に官僚軍団に飲み込まれてきたのです。

我々は今、その官僚制を乗り越えようとしています。官僚の意思ではなく、政治の意思決定によって日本の国を運営(統治)していこうということなのです。

だからこそ、鳩山内閣が成立してすぐ手がけたことは、120年も続いてきた事務次官会議の廃止なのです。これは大変なことであります。日本国の最高の意思決定は、内閣法によって火曜日と金曜日に開く閣僚会議によって判断されます。しかし、今まではその前日に開かれる事務次官会議(各省庁・事務方トップの協議)で決められたことが議題となり、否決されることはまずありませんでした。事実上、総理や大臣抜きの事務次官会議がこの国家の意思決定をしてきたと申しても過言ではないでしょう。

さらに、各大臣就任の時の記者会見も事務方のペーパーを読むこれまでの慣習を止め、大臣独自の判断で会見することにし、翌日には事務方を入れず大臣・副大臣・政務官による政務3役会議を開き、事務次官以下に「我々の考えに従ってもらう」と宣言したのです。

例えば、赤松農水大臣は農水事務次官に「従わなければやめてもらう」と言い放っております。また、官邸に権限を集中させるために「国家戦略室」を設けました。これまで予算編成を一挙に握って来た財務省(旧大蔵省)に代わって、戦略室が次年度の予算の大枠を決定しようというのです。

財務省との綱引きはすでに始まっていますが、小泉内閣の経済財政諮問会議も同じようなことをやってきましたが、その比ではないでしょう。また、国家の中長期の経済計画を含め将来の国家の戦略も考えるというのですから、これまでの各省庁がそれぞれ思惑でやって来た手法を一挙に変えることになります。実現すればこの国家にとっては画期的な出来事になるでしょう。

一方、小沢幹事長は政策の一元化をねらい、族議員が跋扈しないようにと党の政策調査会を電撃的に廃止しました。これまでは党の政調が族議員を生み、族議員が各省庁の「つゆ払い」のような役を演じ、官邸の意思決定に立ちはだかってきた面が多々あったのです。

このように鳩山政権が一挙にいくつもの新しい方針を打ち出したのは、この国は国民から選ばれた政治家が先頭に立ってすべて取り仕切っていくのだ―ということをハッキリさせるためです。そうすることで、マニフェストで打ち出している「子ども手当」や「高速道路無料化」「暫定税率の廃止」「農家の所得補償」などに対する官僚や族議員の横ヤリを排し、スムーズに政策を実現させようということに他なりません。

なお、申し添えておきますが、私は日本の官僚制を否定したり、対決しようなどということは考えておりません。むしろ、各省庁の優秀なテクノクラートをふんだんに活用すべきだと考えております。振り返ってみれば、終戦後にあの荒廃の中から産業を立ち上げ、日本を世界トップの経済大国に押し上げた歴史は、優れた官僚集団の存在を抜きにしては語れないと思っております。

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2009/09/18

国会初登院

16日は9時半頃、国会の正面玄関から登院。混雑する報道陣をかきわけながら、当選証書を見せ、バッチを胸につけてもらい、登院ボタンを押しました。

マスコミの皆さんからは「どんな感想か」と一様に聞かれたましたが、私自身冷静で取り立ててはしゃぐような気持ちでもありませんでした。

ただ、国権の最高機関である国会に、国会議員として議席を得たことは、身の引き締まる思いであり、誠に感慨深いものがありました。

本会議場に入ってまず驚いたのは、議場の3分の2近くがあふれるように民主党席で占められていたことです。これまで3分の2を占めていた自民党や公明党が、片隅に追いやられたような感じでびっくりしてしまいました。

正副議長の選出に入り、民主党の横路孝弘議員が議長、自民党の衛藤征士郎議員が副議長に選任されたあと、鳩山由紀夫代表が内閣総理大臣に指名されるや、議場は拍手の嵐で騒然となりました。

たった十数年前、やっとの思いで立ち上げた小さな力のない政党が民主党でした。その代表がこの国家の統治者となった瞬間、私は「日本の歴史が大きく動いたのだ」と思うとともに、震えが止まりませんでした。

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2009/09/04

衆議院選挙を終えて(1)

衆院選の期間中はブログをお休みさせていただきました。私自身が東北比例の候補者であったため、公職選挙法の規定に触れないよう、更新を停止しておりました(選挙期間は身動きが取れないほど忙しく、ブログの存在をすっかり忘れていたのも事実ですが)。

また、公職選挙法はこうした場での当選御礼も制限しているため、私自身の選挙運動を振り返ってあれこれ申し上げることはできません。今はただ、多くの皆様のご支援を受けて国政の舞台に立つことができたという事実を深く胸に刻み、課せられた仕事をひたすら真剣・着実にこなしていく決意である―としか言えないことを何とぞご理解ください。

私はこれから国会議員として新しい政治活動をスタートさせることになります。しかし、私自身の思想性や歴史観は秋田県議時代と何ら変わるところはございません。冷静にこの激動期の時代を巨視的にとらえ、その時々の国政の動きや他の様々な出来事に対し私なりの感想や分析、考え方などを飾らず誤魔化さず、率直にお伝えしていくつもりでおります。

さて、今回の選挙の結果を見て、「日本を変える歴史的な選挙であった」と思われた方は多いはずです。戦後60数年間、ほんの一時期を除いて日本の国家を支配してきた官僚主導型の自民党(自・公)政治が瓦解してしまった―と言っても過言ではないでしょう。過去に例のない大敗北を喫した自民党は今後、よほどの事がない限り立ち直れないのではないかとの見方すらあるのです。

そして、今回の出来事はかつて日本を根底から変えた明治維新や、敗戦による国家再建に匹敵すると思います。この大激変の背景は細細した政党による選挙のテクニックの問題というよりも、国民の政治不信が爆発したといったことが大きな動機に他ならないのですし、正に選挙による「革命」だったのです。

ところで、今回の選挙を通じて強く感じたのは、これまでの政治に対する不満、不信がいたるところで渦巻いていたということです。農家の方々、中小、零細企業の経営者の方々、労働界の方々、あるいは高齢者の方々、主婦の方々など、広範囲に政治への不信や憤りを露わにしました。その中でも特に印象に残っているのは、政治や選挙への関心が薄いとされた若い人たちの動きです。

ひとつの例ですが、選挙の最中にある飲食店で、「今回は投票に行こう。俺たちは民主党を勝たせなくちゃいけないんだ」と若者たちが気勢を上げる光景に出くわしたとき、私はこれはただごとではない。日本に大きな変化の動きが起きているのだと確信しました。

自民政権は長年、国民の間に不満が生じる度、その場しのぎの応急手当を続けてきました。その結果、溜まり貯まった庶民の不満が爆発したのです。自民党は、永遠に政権の座に居座り続けるだろうと思わせるだけの巨大な存在でした。しかし、それ故に一般庶民の暮らしや気持ちは、分かっているようで分からなかったのです。

今回の選挙ではその自民党に不満の矛先が向けられ、民主党への凄まじい期待となって票に現れたのだと私は見ています。そして、その追い風を受けた民主党が、ついに政権党として君臨するのです。正に責任は重大です。自民党の轍を踏まぬよう、国民の生活を常に第一に考えながら前進するのみです。どうぞご期待下さい。

※ブログ・タイトル画像の表記は「秋田県議会議員」となっておりますが、スタッフの手が空いてからデザインを変更したいと思います。何とぞご了承ください。

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