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2009/12/16

中国見聞録(1)

12月10日から13日まで、民主党訪中団の一員として北京を訪問しました。総勢600人、そのうち143人が国会議員であったため、取材陣も多数駆けつけて大変な賑わいでした。日本ではこの訪中がだいぶ大きく報道され、「小沢幹事長の勢力誇示ではないか」「さまざまな思惑が絡んでいるのではないか」などなど、ずいぶんうがった見方をされたようです。しかし、実際参加してみてそのような複雑で政治的な魂胆は一切感じられず、もっぱら10年以上前から毎年行ってきた日中の交流をさらに深めようということと、発展著しい中国の現状をしっかり見てもらいたいということなどにあったと思います。

さて、中国側の歓待ぶりは大変なものでした。日本の国会議事堂にあたる人民大会堂で胡錦濤国家主席と600人の参加者全員との集合写真、国会議員一人一人と全員握手した記念撮影は中でも印象に残るものでありました。おそらく、日本の首相が100人以上の訪問者一人一人と写真を撮るなどということはめったにないでしょう。また、そのあと同じ人民大会堂で開かれた大レセプションでのもてなしも、大変に心温まるものでした。

余談ですが、帰国する前に全員に手渡された集合写真は何と2メートル以上もの横幅がある大きなもので、掛け軸風に巻かれておりました。一人一人の表情が鮮明に写っており、どうしたらこれほど大きなサイズの写真をわずかな時間で600枚も焼き付けることができるのかと、非常に驚いた次第です。

胡錦濤主席は、人口13億人の中国の頂点に立つ大権力者であり、アメリカの大統領に次いで今、世界で最も注目されている方です。ただし、私の見たところでは、全くいかつい感じのない実に穏やかで懐の深い大人(たいじん)の風格を備えたインテリ-といった印象でした。中国共産党という巨大な組織を登りつめた、やり手の超エリートなのでしょう。

なお、訪中団が歓待を受けた人民大会堂は建物の横幅が400メートル、延べ4万坪もあるとのことで、我々の度肝を抜くような巨大な施設でした。1万人が入れる部屋を備え、数千人を一度に収容入るような大きなホールもいくつかあるそうです。この建物を見ただけでも、中国という国と国民のスケールの大きさを知ることができます。このすぐ近くに有名な天安門があり、この人民大会堂も100万人が入れるという天安門広場の中にある建物のひとつなのです。

1949年に蒋介石の国民党政府を倒し、中国を統一した共産党の毛沢東主席(当時)がこの天安門の上から中国人民に新国家の第一声を上げたことはよく知られております。

天安門の奥には、世界遺産に登録されている明朝・清朝時代の皇宮・紫禁城(故宮)があります。紫禁城は南北961メートル、東西753メートル、約725000平方メートルの広さがあるそうです。1932年、日本の関東軍が清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀を担ぎ、満州国を建国したのですが、溥儀は清朝皇帝に即位した幼少の頃(1908年)から、孫文らによる辛亥革命(1911年)によって皇帝を退位した後、1924年に追放されるまでずっとこの紫禁城に住んでいたのです。

ところで、我々が泊まったのは天安門に近い「北京飯店」というホテルでした。日本では飯店を中華料理店と思われている方も多いのですが、実際は北京飯店は1900年創業の伝統ある有名なホテルで、日本の旧帝国ホテルを3つもあわせたような大きな建物です。私の部屋の近くの廊下には、毛沢東元主席とアイゼンハワー元米大統領との会談した写真などが飾ってありました。各国の元首を含む要人の方が訪中すると、この北京飯店に宿泊し、歓迎のレセプションなどを開いたりしているそうです。

(続く)

写真下:人民大会堂で胡錦濤主席と。

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