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2010/02/22

品格に欠ける国会論戦

1月18日に召集された通常国会は6月下旬まで続きます。今は予算審議が真っ最中です。予算審議の中心的な舞台となる予算委員会の一部は華々しく、テレビ放映され国民を釘付けにします。しかし、流れがややこしくて新人には件々飲み込めない面もあります。

 

最初に全大臣が出席する基本的質疑、財務大臣と質問者の要求する大臣が出席する一般質疑、このあと総理、財務大臣と要求大臣が出席するテーマごとの集中審議、地方と中央での公聴会、そして、全府省庁ごとの予算の審議をする分科会、最後に再び全大臣出席の締めくくり総括質疑、討論・採決と続きます。

 

この間約1ヶ月かかりますが、だいたい2月末頃には採決し、3月初旬から下旬にかけて舞台は参議院に移ります。こうした流れを経て、順調に行けば3月末に新年度予算は成立するのです。

 

私は予算委員ではありませんが、応援部隊として何日間か出席しましたし、先日の党首討論にも出席しておりました。そこで私が率直に感じたことですが、首相と小沢幹事長の「政治とカネ」のオンパレードでした。本会議でも予算委員会でも、先日の党首討論でもただただ、カネの追及一点張りなのです。

 

確かに、政治とカネのことも大事です。

 

しかし、これでは何のための予算委員会なのかとも言いたくなります。この1年間に国民の皆さんのために使われる国家の予算をあらゆる角度から、その必要の有無について集中審議をする場だと思うのです。

 

先日、自民党の与謝野馨氏が質問に立ちました。財務大臣や官房長官も経験し自民党の中でも論客として知られている方です。その与謝野氏が、首相がお母さんに「子分に使う金が欲しいからと無心をしたと言った」とか、それも伝聞に基づいて質問しましたが、これには私もびっくりしました。

 

週刊誌でもあるまいし、国権の最高機関である国会の場で一国の首相を相手に取り上げるほどのものでもなかったのではないかと思うのです。またその際、鳩山首相に向って「あなたは平成の脱税王だ」と決めつけたのです。あの言葉も根拠ない辛辣なもので、よく首相が黙っていたなあと思います。

 

予算委員会では自民党の議員が、国土交通省の道路予算の所謂“箇所付け”を予算審議の始まる前に民主党都道府県連に流したということで、その責任云々でねちねちと1時間も2時間も食い下がり、憲法違反だと主張するのです。

 

予算審議の前に“箇所付け”の一部を流したことをまともに突かれると、どうも国土交通省側としても、弁解するのに難儀だなあと思いますが、国家と国民の契約関係とも言われる憲法をこの場に持ち出すなど、少し筋が違っているのでないかと思った次第です。

 

党首討論にいたっては、これも谷垣自民党総裁による政治とカネの話ばかりで、野党党首の品格に満ちた質問とは到底思えませんでした。国家の有り方をめぐってや、日本経済の中長期的展望や計画をめぐって議論を繰り広げて欲しかったと思いますが、国民の皆さんはテレビを見ていてどう感じたでしょうか。

 

いずれにしろ、自民党は首相と小沢幹事長の「政治とカネ」以外の攻め方はなさそうですし、これ一本槍で徹底して民主党政権のイメージダウンを狙っているとしか見えないのです。

 

地方議会とはまるで違いますし、国会の審議日程が激しい駆け引きの中で決められていることにびっくりするばかりか、一番大事な予算委員会そのものが、こんな状態では国民から見放されてしまいかねません。新年度予算を審議するという本来の通常国会の姿に早く戻して頂きたいと思うのは私だけでしょうか。

 

写真下:予算委員会にて(2010年2月17日)

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2010/02/15

大衆社会の虚像

作家の半藤一利さんの著書「昭和史」を皆さんはご存知でしょうか。数年前に出版された本ですが、私も再度「1926年から1945年まで」の戦前編を読み返し、面白いと思うと同時に深く考えさせられました。

昭和20(1945)年までのこの国家を振り返ってみると、ほんのひと握りの指導者たちの判断で世界の潮流から外れてしまい、多くの国民を巻き込んで国家が瓦解していった悲惨な歴史であったと痛感します。

半藤さんは最後の結びの章で、昭和前期の教訓として5つのことを挙げております。そのいずれも大切なことばかりですが、その中の1つを以下に引用しておきます。

「第一に国民的熱狂を作ってはいけない。その国民的熱狂に流されてしまってはいけない。ひとことで言えば、時の勢いに駆り立てられてはいけないということです。熱狂というのは理性的なものではなく、感情的な産物ですが、昭和史全体を見てきますと、なんと日本人は熱狂したことか。マスコミにあおられ、いったん燃え上がってしまうと熱狂そのものが権威を持ちはじめ、不動のもののように人びとを引っ張ってゆき、流して来ました」(以上、引用)。

半藤さんのこの指摘は、見方によっては今の日本にも当てはまる面が多々あるのではないでしょうか。

戦前はラジオと新聞しか情報源はありませんでした、今はテレビやインターネットなども普及していますが、ひとつの出来事を単純に朝から晩まで繰り返されると、一夜にして国民の気持ちは変わります。国民に冷静に判断する余裕を与えないのです。

テレビは特に、人類にとって20世紀最大の発明品だったと思います。地球の裏側・南米のことであれ、アフリカの内陸のことであれ、さらには南極や宇宙のことであれ、テレビカメラが見たものを私たちも同時に見ることができるのですから、これは「素晴らしい」のひと言に尽きます。

しかしその反面、番組の作り方や放映の仕方によって、受ける側(視聴者である国民)は事実とは全く異なる解釈をすることもあります。

だいぶ前に、野球の王さんと長嶋さんが出演した番組がありました。その時に、確か王さんが「自分は全く天才だと思っていない」とし、世の中で言われている「王貞治」は本当の自分ではないとまで言っていました。つまり、あれは作り上げられた「虚像」という意味です。ただし、ファンの皆さんがそう思っていることを尊重し、、自分としてもその「虚像」を維持するために裏で一生懸命努力してきたと述べていました。

現代社会では、大半の人は様々な出来事に直接触れたりする機会は限られています。ほとんどは、メディアというフィルタを通して様々なことを知るのです。ところが、時にはそのフィルタによって事実とは異なった面を映し出し、王さんの例で挙げたような「虚像」を作り上げてしまうこともあるわけです。そうなると国民大衆はこの「虚像」を「実像」と思い込み、当事者が否定することさえできなくなってしまうケースも出てきます。

私たちがこの「虚像」と「実像」を見極めるのは難しいことですが、冷静に事実を探ってみることは非常に大事な作業ではないでしょうか。

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2010/02/12

現職の鈴木陽悦氏で決着

様々ないきさつはありましたが、秋田県の民主党参院候補(選挙区)は現職の鈴木陽悦さんで決まりました。

「現職がおるのに公募は、わかりづらい」「裏で有名な工藤医師にお願いしておきながら、お前らハシゴを外すようなもので失礼でないか」「民主党は、何でこんなにいつも揉めるのか」などなど、何人もの方々からお叱りを受けました。

公募について言えば、党本部もそれほど乗り気でなかったのですが「地元の声や県連の立場もあろうから」というので一応、土壇場で認めたのを踏まえて実施したものです。

私自身は、小沢幹事長が鈴木さんに要請をして、本人が入党を申し入れた―という経緯を重く受け止めておりました。参議院の議席が与野党拮抗しており、民主党など与党と共同歩調を取る数名の議員が入党することは、過半数確保に王手をかけたようなものだったのです。したがって、鈴木さんの入党はすなわち「次期参院選は鈴木さんで行く」という党本部の方針なのだと受け止めていたのです。

その辺を県連トップは少し甘く見ていた面もあります。結局、最後までずるずる選考を行ったものの、石井一選対委員長との話し合いの結果、党本部の意向を重く受け止めて、鈴木さんの擁立で決着したのです。

一方、鈴木さんに対する様々な見方や評価はありますが、私は案外、その辺を冷静に受け止めておりました。と言うのも、参議院選挙はもちろん来年の統一地方選挙を考えると、民主党・社民党・連合の枠組みは大事にしなければならないからです。昨年の衆議院選挙の大勝利は異例中の異例だったと思うのです。

しかし、秋田においては、社民党・連合との関係がギクシャクした形になっています。民主党が言わば単独で戦えるだけの力量は、残念ながらまだ十分でないのです。国会議員の数こそは6名となっていますが、県会議員はひとりしかいません。ですから、6年前の鈴木さん、3年前の松浦さんで戦った枠組みを崩せないと見るのです。

いずれにしろ、衆議院選挙で悪化してしまった社民党や連合との関係を修復し、参議院選挙に取り組まなければなりません。今は、民主党にとって誠に厳しい「逆風」状態にあります。政権与党として、参議院での過半数(122議席)確保が至上命題であることは言うまでもないと思います。いかなる困難も乗り越え、一致団結して勝利するしかありません。

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2010/02/05

あっけなかった幕切れ

東京地検が捜査を進めてきた民主党・小沢一郎幹事長の政治団体「陸山会」の政治資金収支報告書虚偽記載事件は、秘書や元秘書で現職国会議員ら3人の起訴にとどまり、小沢幹事長に迫ることができませんでした。

検察のメディアへのリークが指摘される中、新聞・テレビ・週刊誌などが連日、集中してこの事件を報じて「検察VS小沢一郎の全面対決」とまで書きたてた割には、あっけない結末を迎えたとの印象を拭えません。「検察の敗北」と一部の検察OBあたりからは指摘されているようですが、受け入れざるを得ない面もあるのでないでしょうか。

その意味において今回、収支報告書の「虚偽記載」に関して小沢幹事長に「共同謀議」に持っていこうとした検察の方針にはかなり無理があったと思います。東京地検としてはおそらく、水谷建設からの1億円の授受の立件のため、虚偽記載に絡めて本丸に迫る作戦だったのでしょうが、石川議員の供述が得られず壁に突き当たってしまったようです。

法律の専門家によると、もともと政治資金規正法の趣旨は「政治家の金の支出入について、きちんと形を整えて国民に報告しなければならない」ということであり、収支報告書の作成や届出は会計責任者の責任で行われ、もし不備や虚偽記載があったとしても、会計責任者がその責を負うべきもので、その団体の代表者の責任を問うものでもないと解釈されているそうです。

今回の事件を振り返ってみて言えることはまず、検察のリークがささやかれる中でメディアによる検証なき報道が行われ、連日のように国民を惑わすような印象操作が繰り返されたことにより、捜査の途中であるにもかかわらず当事者がまるで「罪人」のように仕立て上げられてしまったことでしょうか。私は、これ自体が異常であったと思います。

何も、私は民主党の国会議員だから小沢幹事長を擁護するために述べているのではありません。一方的に罪人に仕立て上げられた本人をあれだけ批判しておきながら、メディア側は誰ひとりとして報道について釈明したり、責任を取る人もいないということがこの法治国家で許されるのか―ということです。

いわゆる報道の言い放しで受けた傷は、とても深いと言わざるを得ません。今後、当事者である小沢幹事長は大きな負のイメージを自身で払拭しなければならず、そのための努力は並大抵のことではないでしょう。今回の騒動を踏まえ、メディアには正確で冷静な取材と報道を期待したいものです。

もうひとつ、現職の国会議員を国会開会直前に政治資金規正法違反という形式犯で逮捕すること自体も異例のことだった思います。これを安易に適用しようとするならば、極端な話、検察は国会議員を一網打尽に出来ることにもなってしまいかねません。そういう視点からすると、政治資金規正法の運用は今後、厳格にしていただかなければなりません。

さて、今回この事件はこれで一応終わったのですが、今後の政局はどうなるのでしょうか。すでに小沢幹事長は昨日続投宣言をしておりますから、国会における22年度予算成立に全力尽くして、参議院選挙にすべてをかけるでしょう。また、党内には今のところ小沢幹事長の辞職を云々する声は聞かれません。

ただし、野党の側からは今国会で幹事長の説明責任や道義的責任を問う動きが出てくることだけは間違いありません。しかし、民主党がゆるぎない安定多数を占めている現状からして、いずれ国会内では沈静化に向かう話と見られます。そして、小沢幹事長自身は参議院選挙に向けて今後、国民世論の動向をじっくり見つめながら政局を慎重に取り仕切ることになるでしょう。

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