« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011/04/25

福島原発問題を考える(1)

4月22日、福島第1原発から20キロ圏内が法律に基づいて警戒区域に指定され、すべての住民の立ち入りが禁じられました。さらに20キロから30キロ圏内は計画的非難区域となり、住民は5月末までに非難しなければならないといいます。

これはやんわりとした2段構えの措置のように見えますが、事実上は住民の「強制退去命令」に等しいものであり、誠に重大な決定であると私は思います。菅首相や東電の清水社長が現地に出向き、ひたすら陳謝しておりますが、それで被災した住民の皆さんの気持ちが治まるはずもありません。

今までそれぞれの地域社会で平和に暮らしてきた皆さんが、何の罪もないのにある日突然、すべてを奪われて移転を余儀なくされているのです。しかも、故郷に帰ることができるのが1年先なのか2年先なのか、あるいは何十年も先なのかまったく分かりません。

被災地の不満・不信は募るばかりなのに、菅首相は官邸で「10年や20年はダメだろう」と語ったとの報道もありました。これがもし事実であるとしたら、被災した皆さんの気持ちを逆なでしたようなものだと思います。

3月11日に原発事故が起きた直後から、枝野官房長官や原子力保安院の記者会見が頻繁に行われておりますが、「直ちに」「必ずしも」「想定外」などという曖昧な表現が、新しい事実を発表した後に必ずといっていいほど繰り返されてきました。

しかし、この言葉そのものが住民を安心させるレトリックであり、「まあ大丈夫なんだろうと」思い込ませてきたのです。ところが、状況はその言葉に反してどんどん悪化しました。政府にはこの事態を沈静化させようという思いがあるのかもしれません。それは分からぬでもありませんが、強制退去を決断した以上、今後はすべての情報をそっくり開示すべきです。

国内はもちろんのこと、諸外国も日本政府が十分に情報開示を行ってなかったことへの不信感を募らせていますから、大いに反省しなければならないと考えます。

| | トラックバック (0)

2011/04/21

大震災から一ヶ月を経て

巨大震災と福島原発事故で政治も経済も国民生活も一時「混乱状態」が続きました。そのため私のブログもこの一ヶ月余休ませて頂きましたが、今日から再開することとなりました。

 

私は43日、スタッフ数名と共に秋田から車で岩手県の宮古市・山田町・大槌町へ行ってまいりました。また、49日には宮城県気仙沼市を視察してまいりました。

 

Bussi04031

 

岩手では地元の菊池代議士に案内して頂きましたが、現地では衣類を始めいろんな物資が沢山届いているが、特に野菜不足に悩まされているとの事でしたので、さっそく、キャベツ、白菜、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、ほうれんそう等々。それにつけもの、味噌など手当たり次第かき集め1t車に満載して、山田町の給食センターにお届けしました。

 

Bussii04032

Bussi04033

 

49日にも気仙沼に入る際は、旧知の地元県議と連絡をとり、野菜類や米60袋(5kg入り)を届け、給食センターや被災者の方々にきめ細かに配布して頂き、大変喜んで頂きました。

 

それにしても被災地は想像を絶する惨たんたる状態に唖然としました。宮古の漁港周辺は道路だけは確保されているものの、あたりはすべて瓦礫の山でした。大型の遊覧船が陸地へ打ち上げられ、ビルの二階に乗っかっていたり異様な光景があちこちで見られるのです。

 

山田町(533人死亡、7200戸水没)は町全体が焼け野原のような感じでやはり瓦礫の山でした。町長さんの説明では、津波の直後火災が発生し、道路が瓦礫でふさがれ消火活動も出来ず、すべて燃え尽きてしまったとのことです。

 

Yamada04031

Yamada04032_2

 

大槌町(583人死亡、1068人不明)に至っては役場庁舎も津波に襲われ町長以下多数の職員が死亡しています。町は山田町同様壊滅状態でした。高台にある町の施設が臨時の庁舎となっていて総務課長さんらわずかなスタッフが事態に対応しておりました。

 

これと同じような状態は岩手県から宮城県、福島県沿岸の何百kmと広範な地域にまたがっています。そしてこの地域の漁業も商工業もほぼ全滅状態で、何もかも無くなってしまったのです。とても地元で対処などできるものでありません。瓦礫の処理だけでも国の支援なくして到底不可能な事です。ましてや道路、仮設住宅など最低限の整備だけでも莫大な費用がかかります。

 

復旧復興にはかなりの年数と数十兆円の費用が必要とのことです。まずは、国の一次補正約4兆円。これを一日も早く予算に上げることが急務です。

| | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »