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2013/02/12

未来の党の失敗

昨年の衆議院議員選挙の公示直前、私が所属していた「国民の生活が第一」の本部から突然、「未来の党へ合流する」という連絡が入りました。これを受けてポスターやチラシなどの制作はすべてストップし、私だけではなく秘書やスタッフもその対応に追われたのです。結局、このドタバタの影響で有権者への浸透を全く図れないまま、選挙は終わってしまいました。

未来の党は100人以上の候補者を擁立しながら、当選したのはたったの8名。民主党と同様、前代未聞の敗北でした。では、小沢さんはどうして「生活」から「未来」に突然乗り換えたのでしょうか。私はこう見ています。

小沢さんは最初から「次の選挙は"脱原発"と"反増税"を打てば、必ず国民の大きな支持が得られるだろう」と考えていたのです。また、早い段階から「維新の会」や「みんなの党」などと連携し、第3極結集を目指していました。

実は、私も第3極に結集する以外に道はないと考え、8月から9月初旬にかけて2回、地元である秋田1区の世論調査を行っています。結果、維新が10パーセント、生活が8パーセント、みんなが3パーセントという数字が出てきたため、小沢さんに直接、この生のデータを見せて「結集を必ずやっていただきたい」と強くお願いしておりました。

小沢さんもたぶん、さまざまなチャンネルを通じてみんなの党や大阪維新と接触していたと思います。しかし、結局はうまくいきませんでした。

そして、見通しが立たなくなったとき、環境問題に精通し、原発の再稼動に慎重だった嘉田さん(滋賀県知事)がクローズアップされたのでしょう。イメージ的にも申し分のない嘉田さんを代表にし、小沢さんが裏方に回れば党は躍進できると踏んだのです。

ところが、公示直前になって中央選管に提出する比例名簿の順位を巡り、嘉田さんや代表代行の飯田さんと、小沢さん側との間に確執が生じ、これに起因する不手際をマスコミが大きく報じたことで、新党のイメージが一挙に萎んでしまったのではないでしょうか。

また、大手マスコミは自民党の掲げるデフレ脱却と経済再生を連日のように大きく取り上げて争点化し、原発や増税の問題は見事なくらい一切無視しました。国民は選挙に突入してからもデフレ克服、経済再生という舞台を見せられ、原発や増税をめぐる議論をすっかり忘れてしまったのです。

私はこの様を見て、1960年(昭和35年)の政治状況を思い出さずにはいられませんでした。

当時、安倍さんの祖父に当たる岸首相が日米安保条約の改定を強行しようとしていたとき、全学連や労働組合の総評、社会党などの革新系が日本中で反対の声を上げ、6月には全学連の学生が国会に乱入。しかし結局、安保改定は国会を通り、岸首相が退陣して池田内閣が誕生しました。このとき、池田首相は安保に一切触れず、「国民の月給10年で倍にしましょう」と所得倍増論を華々しく掲げたのです。

池田首相の政策は国民の圧倒的な支持を得て、安保をめぐる論議はマスコミからも一切消え、世の中のムードは経済成長一色に染まっていきました。テレビ、冷蔵庫、洗濯機等の家電ブームが起き、世の中が明るく活気に満ちたのです。「所得倍増計画」は当時の大蔵官僚だった下村治氏の考えだったのですが、政府は減税と金利を引き下げ、企業の投資を積極的に促したのです。

今回、安倍内閣も原発や増税の問題にはあまり触れず、金融緩和によるデフレ克服、公共投資による成長戦略を前面に出し、マスコミもこれを盛んに報じています。こうした世相を反映し、株価が連日高騰しているのも50年前によく似ています。

未来の党の失敗は結局、小沢さんに付いて回るマイナス・イメージを払拭できなかったことに加え、メディアが原発・増税といった問題に触れず、デフレ脱却・経済再生に争点をすり替えたこと、さらにはその流れに抗しきれない点にあったのではないでしょうか。

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